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2000/07/28

<韓国文化> 韓国音楽事情 川上英雄(音楽評論家) 北朝鮮ブーム「歌謡」にも チョン・ヘヨンのオリジナル「口笛」 ヒットランク急上昇

 歴史的な南北頂上階段をきっかけに、韓国でちょっとした北朝鮮歌謡ブームの広がりが見えている。

 韓国では長年、国家保安法により北朝鮮制作音源の発売は禁止されてきた。しかし、90年代初頭に北朝鮮製のラブソング「口笛(フィパラム)」が、韓国の学生活動家らの間に浸透し、密かに流行していた。今回の金大中大統領の北朝鮮訪問により、「口笛」が当局から認知され、現在ヒットチャートを席巻する勢いと聞く。

 日本でも芹洋子のアルバムで音源化されたこの曲は、政治的プロパガンダの一環と考えられてきた北朝鮮歌謡界のイメージを大きく変えた楽曲として知られ、オリジナルは「普天堡(ポチョンボ)電子楽団」所属のチョン・ヘヨンが歌っていた。

 今回、ソウルの東亜ミュージックからリリースされたアルバム「口笛2000」は、“統一少女”こと韓国歌手・キム・ジョンファのボーカルにより音源化された北朝鮮歌謡曲のカバー集に収録。チョン・ヘヨンそっくりの愛らしいソプラノと、清純なムードで社会的反響を巻き起こした。

 ここ数年、流行中のダンス・ミュージック風にアレンジされたり、ミックス・バージョンなどもあり、北朝鮮の音楽関係者に印象を聞いてみたいほど意外な面白さにあふれている。ぜひ日本にも紹介したい内容だ。

 韓国風のソフトでマイルドなアレンジが、全編に流れる主体思想を骨抜きにしてしまった感も否めないが、「口笛」以外にも北国の詩情あふれる「ネ・イルム・ムッチマセヨ(私の名前を聞かないで)」、「ソンセンニム・センガク(あなたを思う)」など素朴で美しいメロディー・ラインは、韓民族の同一性が失われていないようにも聞こえる。

 そもそも、北朝鮮では歌謡音楽について、「世界のあらゆる音楽が、民族それぞれの数千年の生活感情と固有の情緒的特質が形成され、発展してきたもの」と説明され、そうした基盤の上に「主体思想」により発展したのが現代朝鮮歌謡と位置付けられて久しい。
 ちなみに、韓国の牧園大学教授の魯棟銀氏によれば、“組織化された声”すなわち音とアイデアの二重構造から成り立っているとされる。

 流行歌そのものが、故金日成主席や金正日総書記をたたえたものを中心に、あくまで社会主義建設を題材にしたテーマに限られるため、われわれの尺度と異なっているのは致し方ない。しかし、こうした社会常識のなかでもスター歌手は存在しており、映画とともに庶民の娯楽の座を占めていると考えられる。

 一般大衆にずば抜けて高い人気を誇る普天堡電子音楽団と「旺載山(ワンジェサン)軽音楽楽団」が国内外で活発な公演活動を展開中で、なかでも普天堡電子楽団はカラオケLDもリリース、数十枚のCDを平壌市の光明音楽社(実質的なレコード会社)から定期的に発表している。

 こうした音楽ソフトは日本国内でも容易に入手可能だが、「口笛」のオリジナル歌手、チョン・ヘヨンや「都会の娘が嫁に来る」をヒットさせたリ・ギョンスクら普天堡電子楽団所属の人気歌手たちが外国歌謡に挑戦したアルバム四巻を聞けば、同楽団と北朝鮮歌謡界の実力のほどを垣間見ることができるだろう。

 日本歌謡の定番「津軽海峡冬景色」や「みちづれ」を筆頭に、シャンソンの「恋は水色」、ロシア歌謡の「百万本のバラ」、ハワイアンの「アロハオエ」からクリスマスソングの「ジングルベル」、さらにはブラジルの「ランバダ」にいたるまで、朝鮮語と原語で収録した縦横無尽の歌声は、硬直した主体思想のお国柄からは考えもつかぬ面白さだ。

 これまでも、南へ亡命した北の楽団員が演歌を歌ったアルバムが発売されたり、韓国戦争の際、北へ渡った歌手たちのコンピレーション(オムニバス)盤ががリリースされたりと、韓国でも北朝鮮関連の音楽ソフトはあるにはあったが、今回、カバー集とはいえ北朝鮮歌謡曲解禁に踏み切った韓国政府と文化観光部に敬意を表したい。

 最後に、この原稿を執筆中に飛び込んできた大きな話題を一つ紹介しておこう。9月15日に開幕するシドニー五輪で開会式での南北同時入場が実現しそうななか、北のチョン・ヘヨンと韓国の大物歌手・趙容弼のデュエットによる南北共同応援歌の制作が決まった。8月初めごろ北京で録音するとの具体的日程まで発表され、実現すればまさに画期的な作品になることは間違いなく、成り行きが注目される。