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2001/11/16

<韓国文化>戸田志香の音楽通信

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    J Kidsの韓国語レッスン(都内のスタジオで)

 歌っていいなあ、今、心の底からそう思っている。私は音楽大学で声楽を専攻し、長い年月、オペラ合唱団のメンバーとして多くの舞台を踏んできた。歌うことが生活だった私にとって歌はイコール仕事、そしてまた勉強の対象だった。

 そうした私が「歌っていいな」と、今、思っていると話したら、たいていの人がびっくりするだろう。何を今さらと言われるのは承知だが、でも本当に「歌ってなんていいんだろう」と心の底から感じることに出会えた。それは日本と韓国のこどもたちが歌うこどもの歌だ。

 今、ビクターが日韓のこどもの歌のCDを制作している。ビクターは昨年、CD「近代唱歌集成」を発売した。そこには日本の唱歌だけではなく、韓国、中国、台湾の唱歌もおさめられている。このCDは日本の唱歌がアジアに広まっていった事実。そしてそれは日本のアジア侵略という負の歴史による伝播だったことを証明している。

 このCD制作を通してスタッフは、では二十一世紀にアジアで音楽が果たすべき役割は何かと模索した。そこで生まれたのが日韓の童謡、こどもの歌をお互いのことばに訳し、歌いあうというものだ。歌うのは両国のこどもたち、K&J Kidsだ。Kは韓国・KoreaのK、Jは日本・JapanのJ、Kidsはこどもたち、という意味だ。

 K&J Kidsは8人。先月、東京の録音スタジオで初めて顔合わせをした。K kidsはソウル市少年少女合唱団の4人。J Kidsはひばり児童合唱団の2人とひまわりキッズの2人だ。夏からそれぞれ、発音練習を始めた。ためらいがあったはじめての言葉だが、しばらくするとおぼつかなかった発音にも慣れ、10月には暗譜して歌えるようにまでなっていた。

 日本の歌は「あかとんぼ」「ふるさと」「ゆりかごのうた」「ぞうさん」など、韓国の歌は「故郷の春」「半月」「鳥よ鳥よ」など、それぞれ10曲が選ばれた。

 録音が始まった。歌って不思議だ。会ったばかりなのに心が交わり、ひとつの大きな流れができる。それが広がってくる。ちょっとした発音の悪さなんてまったく気にならない。8人のこどもたちはひたすら歌う。ただ歌う。それがすがすがしかった。

 「ことば通じなくてもどかしいや!」と言いながらも、韓国のチョ・ジェウォン君(小5)は日本の小島雄一君(小3)と何度も握手をした。そして「ヒョンって日本語でなんて言うの?」と聞いてきた。お兄さんっていうんだと教えると、さっそく「ぼくはお兄さんです」と雄一君に言いにいった。こどもたちはそうやって仲良くなっていった。

 8人の歌は素直だ。上手に歌わなくちゃ、発音に気をつけなくちゃという気持ちはどこかにあっただろう。でも録音を重ねるうちにそれを越えた。歌、音楽の持つ何かが8人を引っ張り、こどもたちは心をそれにゆだねたようだった。

 今、録音したデモテープを聞いている。8人の顔が浮かんでくる。韓国のこどもたちは東京タワーに歓声をあげ、上野動物園ではパンダに目を見張った。テープを聞きながら、その時のこどもたちの表情を思い出した。帰国してどんな話をしたんだろうか。家族はそれをどんな思いで聞いたのだろうか。

 歌を通してさまざまな交流が生まれ始めた今回のCD録音。長い歴史の中で、どれだけ多くの人が今回、録音した歌を歌ったり、聞いたりしただろう。そうした人たちが望んだ心の通い合いがまさに始まった。アジアにおける新しい音楽交流の一場面だ。CDは来年の春、発売される予定だ。