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2001/03/23

<韓国文化>抑圧された民衆の共感呼ぶ

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        68年に製作された金洙容監督の「春香」

 東京の国際交流基金フォーラムでこのほど、「2001韓国映画プロジェクトⅠ」(国際交流基金アジアセンター主催)が開かれた。韓国の国民映画といわれる「春香伝」の上映などを通して、韓国映画史を紹介する企画だ。映画上映とともに、映画評論家の四方田犬彦氏の司会進行によるシンポジウム「『春香伝』と国民映画」が開かれた。パネリストの朱真淑・中央大学(ソウル)教授と映画評論家の金美賢さんの話をまとめた。

 春香伝は、空気や水のように私たちの身近にあった存在だ。秋夕(旧盆)や旧正月に、「春香伝」の派手な宣伝広告が新聞に載っていたのを、いまも鮮明に覚えている。

 伝統、華々しい映像、儒教思想、上流志向といった要素を備えた「春香伝」は、休日を過ごす観客たちの欲求に応えた。

 春香伝のヒロインに選ばれたスターたちのことは、いまでもはっきり思い出すことが出来る。金洙容監督の「春香」(1968年)では、鴻世美が1724人もの応募者から抜擢され、100万ウオンの賞金と春香役を勝ち取り、大々的な宣伝が展開されて試写会に1万人が無料招待された。

 「春香伝」はサイレント時代から今日にいたるまで、17本映画化された。リメイクされるたびに、その主演女優は時代を映すイメージとなり、貞節を守る純粋で理想的な女性像を担ってきた。

 春香伝は古典文学として教科書で紹介されており、ほかの童話や伝説と同じように自然な形で親しんできた。

 中学生のときにある科目で良い成績を取ったとき、先生から「春香のようにかわいい」と言われたこともある。韓国の多くの女学生にとって、春香のように純潔を守る意識は、女性への一種の抑圧として存在してきた。

 しかし春香は、夢龍が一人ソウルへ行くとき、それに抗議して暴れるなど主体的な面も持った女性だった。そういう人間的な部分が、儒教的な部分に隠されて伝わってこなかった側面もある。

歴史のなかの春香伝

 「春香伝」が韓国民に受け入れられてきた理由は、二人の性愛シーンなどエロチックな部分が民衆の心をくすぐったこと、最後に悪代官を倒す勧善懲悪や、貴族と平民の身分を超えた愛などが多くの共感を与えたからだ。

 韓国は長い間外国の侵略を受け、45年の祖国解放後も軍事政権の抑圧で苦しんできた。そのため人々は「春香伝」に共感を示し、親しんできたと思う。春香伝の結末は、抑圧された歴史をはね返す民衆の力なのだ。だから17本も作られたと思う。

世界化と春香伝

 2000年に2本の春香伝が上映された。林権澤監督のパンソリ(唱劇)を中心に構成した「春香伝」と、アニメーションで作られた「春香伝」だ。2本とも韓国ではヒットしなかったが、海外では高い評価を得た。

 新しい春香伝は、これまでの春香伝のように大衆の心理を刺激したものではなく、また韓国社会も、春香伝に同一化する社会的、感情的基盤がなくなりつつある。それが国内ではヒットしなかった要因だと思う。

 韓国は世界化戦略を打ち出しているが、両作品ともその一環として、世界へのマーケティングを考えて作った映画だった。

 林監督の映画は、パンソリを使ったミュージックビデオのような作品で、韓国の伝統文化を紹介して世界の映画祭での受賞を狙った。主人公も公募で10代を選んだ。60、70年代には、10代の俳優を使って性愛シーンを描くことは出来なかったことだ。

 春香伝は、いまだ完成することのない古典である。今後、新しい時代精神が生まれるたびに、また新しい春香伝が生まれるだろう。