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2002/10/25

<韓国文化>鮮烈な印象残した隣国の文化 下

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                   中根千枝名誉教授

 社会人類学の権威で文化勲章受章者の中野千枝・東京大学名誉教授。70年代初めに初訪韓、強い印象を受けてその後韓国に関心を寄せてきた。このほど東京大学大学院の「韓国朝鮮文化研究専攻」開設記念シンポジウムが開かれ、中根名誉教授は韓日文化比較などについて講演した。大変興味深い話が多く、読者の参考になると思われるので講演要旨を紹介する。

 今日では韓国で漢字は少なくなったが、日本人が書く漢字と中国人、韓国人の書く漢字は違うようだ。もちろん個人差はある。筆跡鑑定でわかるが、個人差を超えた社会に共通した特徴が見受けられる。私がこの違いに気が付いたのは、中国での調査を終えて、世話になった人を答礼宴に招こうと招待状を作り、その宛名を書くとき、面倒なので同行する助手に書いてくれと頼んだとき彼は、「僕が書いたら中国人が書いたことがわかってしまうので自分で書いた方が良い」と言った。 

 そういうものかなと思って中国人の字を注意して見たら、日本人の字とは違うというのがあるようだった。同じ様な経験を韓国でもした。韓国での講演会のとき、立て看板に私の名前と演題が書いてあった。とても立派に書かれていて、なんという風格のある字かと感心した。日本ではうまい字とか整った字が使われるのが常で、明らかに違っていた。講演終了後、同僚に看板の字を書いた人はどんな人かと聞いたら、「あれは学生です」という答えだった。韓国人は誰が書いてもそういう風格のある字をかけるそうだ。中国人の字と韓国人の字も違うようだ。文化の違いや社会の違いがこういうところに現れるのではないか。このほか日本、韓国朝鮮の間には随分異なる側面をあげることができる。

 日韓双方とも十全な認識の欠けていた理由のひとつは中国の存在の大きさだと思う。両者とも中国を強く意識し、志向していたために隣人に十分関心が向かなかった。ちょうど近代史においてアジア諸国が欧米向きでお互いにアジアの国々との交流が貧しかったのと軌を一にしていると思う。特に日本側は島国で、その上単一社会として存在してきたために、異なる社会・文化の人々と直接接触することが殆どなかったわけで、これまでの異文化認識の欠如は驚くほどだ。

 これが不幸にも顕著に現れたのは、日韓併合の時代だ。全て自分が中心で必要以上に相手を同化することに主力を注いだ。創氏改名とか日本語の強制、神社参拝など創造を絶する政策が行われた。なかんずく創氏改名は韓国朝鮮社会組織の重要なベースになっている地縁・血縁性のシンボルである姓を蹂躙することになった。日本になかった父系血縁組織の存在だけでなく、その意味するところに思いが至らなかったのだ。これでは支配・被支配の政治的権力行使といった理由だけでなく、心理的な嫌悪感、反感が増幅されるのは同然だ。相手を知らず、また知ろうとしなかった支配は計り知れない禍根を残した。

 この専攻においては人文社会系の諸分野を総合化して複数の分野が協力して研究教育にあたることを目指すとのことで、構成も歴史学、社会学、考古学、思想学、言語学、文化人類などの専攻からなる。これは今日多くの分野で要請されている、いわゆるinterdisciplinary approach(学際的研究)を韓国朝鮮に対してなされるものと理解している。interdisciplinaryとは言うに易く、その実行、実現はなかなか難しい。その実現のためには、まず第1に、異なる専門の研究者が同じような現場経験を持つこと、それから直接接触による人間関係を豊かに持つことが何よりも不可欠だと思う。異なる専門の研究者に自分たちのdiscipline(学問分野)を説明して理解してもらうことは必ずしも容易ではない。それには実際の問題を前にしたとき、初めてお互いのアプローチの仕方とか、メスの使い方、背景となっている蓄積の一端を見ることができるのである。

 さらに私はいつも外国人との効果的な交流は何よりも共通の専門を持つ者の間にあると考える。さらに2国間研究交流には、できるだけ第3者の視点を常に持つように、より広いperspective(観点)で考察を進めることが大切だ。ともすれば、日韓とか日中、日米といった2者間関係に凝集されやすく、それぞれが大変異なる研究集団を形成しているように見える。広い視野の下に両者を置いてみることが必要である。韓国朝鮮の研究教育においてはインターナショナルなアプローチがなされることを願ってやまない。その意味でも韓国朝鮮文化専攻に大いに期待している。


  なかね・ちえ 1926年東京生まれ。東京大学文学部東洋史学科卒業。のち、ロンドン大学で社会人類学を専攻。文化勲章受章。学士院会員。文化人類学者・東京大学名誉教授。