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2003/02/07

<韓国文化>書 評

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◆春香伝の世界  薛ソンギョン著

 春香伝(チュナンジョン)は、韓国人であれば誰もが知っている民族の古典である。朝鮮朝時代の18世紀後半に作られたパンソリ劇の代表作だが、200年以上にわたり小説、大衆歌謡、新劇、映画、オペラ、ミュージカル、時調、歌曲、戯曲、漫画、テレビ・ラジオドラマ、レコード、CDなどありとあらゆる芸術様式とメディアを通じて繰り返し表現されてきた。小説に限って100種類以上の異本があるといわれ、春香伝ほど国民から幅広く支持されている作品もない。

 本書は、その時代により変異するテキストを詳細に分析、比較検討して「春香伝」の時代を超えた魅力の源泉を探り、豊かな総合芸術として発展していく過程を実証的に明らかにした大書だ。

 著者の薛・延世大教授は春香伝研究の第一人者であり、長年の研究の末、「春香伝は多数の者が非常に長い時間をかけて共同執筆した共同幻想で、民族構成員は春香の微笑と慟哭に一喜一憂する」と喝破した。  

 物語は妓生の娘、春香と両班の息子、李夢竜が紆余曲折を経て結ばれるロマンスだが、当時の特権階級の横暴を痛烈に批判、困難な状態に置かれた農民たちの姿や感情を温かく描いている。

 人間が歴史的な存在であるとするならば、春香伝の秘密を知ることは韓国人、韓国社会の本質を知る大きな手がかりとなるだろう。大谷森繁監修、西岡健治訳。(法政大学出版局、A5判、604㌻、7500円)


 ソル・ソンギョン 1944年、韓国・大邱生まれ。
 延世大学大学院国語国文科博士課程修了。
 現在、延世大学国語国文科教授。

 ◆韓国の希望 盧武鉉の夢 盧武鉉編著 

 大統領選挙期間中、韓国内では若者を中心にノサモ(盧武鉉を愛する人々の集まり)旋風を巻き起こり、盧武鉉氏が見事当選を果たした。その盧・次期大統領の人物像と思想に迫ったのが、本書である。

 貧困家庭に生まれ、奨学金をもらえた釜山商業高校に進学、地元の会社に就職するが、あまりの薄給に驚き、司法試験を受けようと決心する。「合格するまでの10年間、不安と焦りが交差する長く苦しい日々だった。この10年間に軍隊にも行き、結婚もした。合格の日、妻がわんわん泣き続けたことを思い出す」と当時の思い出を語る。

 弁護士になった後、軍事政権によって拷問を受けた学生の姿を見て、家族に危害が及ぶことを心配しながらも人権派弁護士の道を歩む。

 苦難を厭わぬ姿勢を見て人は「頑固」と称するが、「この国に生きる人なら誰でも共感できる平凡な常識と良心がそうさせた。拷問を受けた学生の体を見れば、誰でも感じる憤りだった」とだけ語る。

 海洋水産省大臣時代に、「腰の低い」大臣として人望を集め、同部を変革したエピソードも興味深い。

 リンカーンを尊敬し、自ら「盧武鉉が見たリンカーン」を出版。政局においては「原則と信頼」「対話と妥協」「統合と調整」の3つを通じて諸問題を解決すると話す。

 付録の「盧武鉉の経歴」「盧武鉉の著作および関連サイト」、書面インタビュー「統一問題と対北政策」も貴重な参考資料だ。(現代書館、四六判、216㌻、1800円)


 ノ・ムヒョン 1946年、慶尚南道生まれ。
 弁護士、国会議員を経て第16代韓国大統領に当選。

 ◆商道<上><下>  崔仁浩著

 中国との国境の町、義州が生んだ韓国史上最大の貿易王であり大商人だった林尚沃。義に殉じ民に奉じた伝説の大富豪でもあった。本書は、200年前に実在したこの林尚沃の知られざる一生を描いた物語である。

 林尚沃は若くして父を失い、莫大な借金を負ったが、天下一の大商人になることを誓い、中国との朝鮮人参交易で財をなす。だが、命を脅かす危機が幾度となく襲ってくる。絶体絶命の危機が3回。しかし、師匠の石崇和尚より授かった「言葉」が神通力を発揮する。その言葉は「死」「鼎」「戒盈杯」。危機を乗り越えた林尚沃は晩年、巨財のすべてを民のために投げ打つ、というストーリーだ。

 体制転覆を図った洪景来の乱など朝鮮朝後期に起きた様々な歴史的事件を背景に描かれており、当時の時代の息吹にも浸れる。上下2巻、800ページに及ぶ大著だが、息つく間もなく読ませるストーリー展開は、まさにエンタテインメント小説そのもの。孔子、李白、司馬遷、王維ら中国の賢人たちが残した名詩、名言が縦横に鏤められており、釈迦の教え、朝鮮朝が生んだ最大の文人、金正喜の生き様にも触れることができ、深い味わいがある。韓国で300万部を売る大ベストセラーとなったことが肯かれる。

 本書を読めば、林尚沃が大商人になれたのはお金を稼ぎながらも執着せず、名誉を得てもこれを享受せず、また風流や快楽に耽溺しなかったからであり、生涯大きなものを所有したが、それを自分のものとみなしたことはなかったことが分かる。

 林尚沃は「財物は平等な水に等しく、人は正しい秤に等しい」という遺言を残したが、これは「水のように平等であるべき財物を独占しようとする愚かな資産家は、その資産によって悲劇を迎え、秤と同じく正直でない資産家は必ずその資産によって破滅を迎える」という教訓を私たちに呼びかけている。

 韓国が生んだ屈指の大商人だが、他の歴史上の人物ほど知られていない。日本では本書を通じて彼の生き様に接する人が多いだろうが、これほど含蓄のある小説はそうそうあるものではない。青木謙介訳。(徳間書店、四六判、上巻395㌻、下巻390㌻、2300円)


 チェ・イノ 1945年ソウル生まれ。延世大学英文科卒。
 72年に現代文学賞、82年李箱文学賞、99年カトリック文学
 賞を受賞。代表作に「星たちの故郷」「馬鹿たちの行進」など。

 ◆高句麗残照  備仲臣道著

 古代から韓半島と日本列島は密接な関係にあり、活発な交流を通じて韓半島から渡来人とともに、さまざまな文物が日本に伝わったことは、いまや定説となり、一般にも知られている。

 日本の古墳から韓半島を起源とする多くの土器や装飾品が出土していることをみても、日本文化の源流は韓半島にあり、といえるだろう。

 本書は、渡来文化研究家が、日本に渡来した高句麗人の足跡を丹念に追い、どのようにして日本に定着していったのか、その真相に迫った渾身の研究書である。

 著者は、日本全国に15万基ほどある古墳群の中で、高句麗固有の積石塚はわずか2%しかないが、それが信濃と甲斐に集中していることに着目する。

 この積石塚をひとつひとつ調査し、騎馬民族を象徴する丘陵地帯に開かれた牧場跡や、古墳の周辺に祭られた高句麗系神社を探索して歩き、高句麗人たちが海を渡り、北陸の地に上陸し、内陸に分け入って信濃や甲斐に定住していった史実を解き明かす。

 20年をかけて高句麗の軌跡を追い続けてきた著者の力作は、読者を古代史のロマンに誘い、いにしえの高句麗人の棲家を訪ねてみたくなる。(批評社、四六判、215㌻2000円)

 ◆PRESS SEAT  梁川剛・佐藤俊著

 2002FIFAワールドカップ(W杯)韓日共催大会は、どんな大会だったのか。新進気鋭のスポーツライター、佐藤俊さんと、フリーカメラマンの柳川剛さんの2人が見た30日間のW杯発見記である。単に試合結果の報告だけでなく、サッカーを通して見える人の生きかた、心に触れている。

 例えば、「なぜ韓国のサッカーに我々が共鳴し、深い感銘を受けるのだろうか。思うに、彼らの勝とうというギリギリの必死さが画面から伝わってくるからだ。ギリギリをいつも見せてくれていたから、我々の心を捕まえて離さないのだ。日本は最後の最後で勝ちたいという気持ちが希薄だったのでは」と問いかける。

 ほかにも過剰警備を取り上げた「おまわりさんだらけの札幌」、サッカーの真髄を感じさせた「ロナウドの微笑、カーンの涙」など読みごたえがある。厳選された写真も魅力たっぷりだ。(本の泉社、A5変形判、144㌻、1600円)

 ◆北朝鮮を知りすぎた医者 ノルベルト・フォラツェン著

 北朝鮮に関するさまざまな情報がメディアを通じて氾濫しているが、なおなぞの部分が多く、その実態はベールに包まれたままだ。

 著者は、ドイツ緊急医師団「カップ・アナムーア」の主任医師として北朝鮮入りし、医療ボランティアとして活動していたが、当局の人権抑圧に抗議したために国外追放となった。

 18カ月の北朝鮮での生々しい体験談をつづった衝撃の手記が「北朝鮮を知りすぎた医者」で、その後の中国国境地帯での難民医療活動を通じて新たに知った恐るべき事実をまとめたのが、「北朝鮮を知りすぎた医者 国境からの報告」である。

 食糧危機に喘ぎ、飢餓状態にある国民を放置し、為政者らはベンツを乗り回し、ブランド品を買いあさるなど豪勢な暮らしを享受。さらには、脱北難民の窮状や想像を絶する強制収容所の内幕。中国国境での人身売買や難民狩りなど、あまりにも悲惨な実態に絶句してしまう。一刻も早い救助をと国際社会に訴える著者の思いがひしひしと伝わる。(草思社、四六判、270㌻、1800円。『国境からの報告』同224㌻、1600円)

 ◆図説 北朝鮮強制収容所  安明哲著

 北朝鮮でいま何が起きているのか。亡命者の証言集も数多く出版され、北理解の一助となっているが、その亡命者の書いた本の中でも、本書は異彩を放つ。著者の安明哲氏が北の政治犯収容所で警備隊員として勤務した経験を持つからだ。

 これが実在の話かと思わず目をふさぎたくなるような事例が、安氏のイラスト入りで次から次へと暴露される。

 豚小屋よりもひどい囚人房、過酷な強制労働、秘密処刑、保衛員や警備隊員による女囚へのレイプ、逃亡未遂者への見せしめ処刑などなど、あまりにもおぞましい。

 安氏は94年9月、豆満江を渡って北を脱出、中国経由で韓国に逃げた。「罪のない政治犯を救うため、祈るようにしてペンを執った。罪のない政治犯を救うためなら命を投げ出す覚悟だ」と、収容所の実態を明らかにした思いを語っている。

 本書は97年に初版され、現在まで4刷を重ねている。多くの人に知ってもらいたい恐るべき事実だ。(双葉社、四六判、264㌻、1400円)