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2004/04/02

<韓国文化>"境界線"がもたらす悲劇描く

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    ソン・ジンチェク  1947年韓国・慶尚北道生まれ。86年「劇団美醜」創立。韓国白象芸術大賞演出賞、ソウル演劇祭演劇賞など受賞歴多数。2001年日本の劇団「昴」と美醜で共同製作公演「火計り」の演出担当。2002年サッカーワールドカップ韓日共催大会開会式の演出担当。

 2002年サッカー・ワールドカップ韓日共催大会の開会式を演出して話題となった韓国の演出家、孫ジンチェクさんが、新国立劇場で上演される「THE OTHER SIDE 線のむこう側」の演出を担当する。抵抗3部策で世界的に知られるチリの劇作家アリエル・ドーフマンの新作を世界初演するもので、チリ、韓国、日本の3つの国の文化が融合した興味深い舞台となる。

--ドーフマンの作品は世界的に有名で、各国で上演されています。今回の『THE OTHER SIDE 線のむこう側』は世界初演となりますが、どんな芝居となりますか。

 チリ軍事政権時代に拷問を受けた女性を主人公にしたドーフマンの『死と乙女』を、韓国で演出した経験があります。韓国も軍事政権から民主化を達成した国なので、韓国との共通点を強く感じたのです。世界的に著名な作家でしかも完成度の高い作品を書く人なので、重く受け止めて演出に取り組んでいます。

 今回の作品のキーワードはこちら側とむこう側、「境界線」です。戦争、イデオロギー、人種、宗教など、社会のあらゆるものに境界線があります。境界線が人にどんな悲劇をもたらしたか、それを感じてもらえればと考えています。

 冷戦が終わって平和な時代が来るかと世界中の人々が思いましたが、逆に民族紛争とか大きな紛争が各地で起き、解決の兆しが見えません。いま世界で平和だと思っている地域も、ある意味では休戦状態であり、いつ境界線が生じるかもしれません。

 この作品を通して、白黒論理、2分法が結局は悲劇をもたらすということを伝えたいと思います。そういう意味ではタイムリーな作品だと思います。また韓半島は世界で唯一の分断国家です。境界線を日常的に感じています。そういう分断国家から来た演出家が担当することも、意味があるかもしれません。

--日本のベテラン俳優と芝居を作り上げていますが、いかがですか。

 日本の著名な俳優と芝居を作り上げるのは、とても楽しい経験です。技巧が優先せず真の演技を引き出すように注意しています。

 演劇作りは世界どこでも同じですが、『火計り』の演出を行ったときに、韓日で俳優や演劇の伝統が違うと感じました。韓国は動的ですが、日本の演劇は歌舞伎の伝統を受け継いで、デリケートで静的な印象を受けました。

--韓国の演劇はどんな状況ですか。

 東アジアには伝統演劇というのがあり、韓国もそれを受け継いでいましたが、日本の植民地時代に、その歴史的な流れが断たれてしまった経緯があります。昔ながらの伝統文化を掘り起こして演劇を活性化しようという動きが続いています。また韓国は政治、経済、社会の混乱が続いて、演劇の活性化が難しい時代が長かったのですが、逆に混乱している時代だからこそ、何を表現するか問われてきました。

 最近は翻訳物のミュージカルやエンタテインメント系が人気で、作品を通して観客に問題を投げかける芝居は少なくなっています。

--この数年、韓日交流が盛んになっています。今後の交流についてお聞かせください。

 韓日には植民地支配という不幸な歴史があったため、文化交流が閉ざされていました。いま世界は地球村というぐらいグローバル化しています。文化の流れは水の流れと同じです。韓日文化交流もさらに活性化する必要があると思います。ドラマや映画を通した一般の人たちの交流が盛んになっていますが、演劇人の交流はまず歴史認識から始まると思います。演劇を作る者は人間の尊厳、真実、愛を伝えないといけませんが、そのためには歴史認識の共有が必要なのです。

 演劇は社会を写す手段です。私は富と時間をもてあます人の娯楽でなく、社会の現実を知ってもらうために演劇を作っています。韓日の演劇人が協力して、そういう芝居を作り上げ、どうすれば韓日が近い国になれるか、そして芸術とは何か、観客に質問を投げかけていきたいと思います。

あらすじ

 とある時代、とある2つの国で戦争が長く続いていた。国境近くの小屋で身元の遺体確認作業を生業とする夫婦がいる。若い男の死体を見るたびに、妻は行方不明の息子ではないかと探る。やがてラジオから停戦の知らせが流れる。その時突然、国境警備隊員と名乗る男が侵入し、部屋を分断して新たな国境を作り始める。すべてのものを区切ろうとする男を見て、妻は息子ではないかと思い始めるが…。