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2006/06/02

<韓国文化>人間の内面に潜む暴力告発

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    安星金の作品「the sword」。林立する竹は”竹槍”を表す。本来、民衆の抵抗の武器であった”竹槍”を、日本人は朝鮮の民衆に向けてしまった

 連続企画「論証-群島のアート考古学」が東京・茅場町のギャラリーMAKIで30日に始まった。美術という制度を乗り越えながら、新たな世界の認識と秩序について考える企画。第1回は韓国の現代美術家、安星金さんの作品展。安さんを招いた古川美佳さんに報告をお願いした。

 隅田川のゆるやかな流れに隣接する茅場町の一角「GALLERY MAKI」でいま、国内外で幅広く活躍する韓国の女性アーティスト・安星金(アン・ソングム)の展覧会が開かれている。

 窓越しに見えるのどかな下町の風景とは対照的に、ギャラリーで展開されているのは「the Sword」と題する何やらドキリとさせられる作品。中に入ると先ず眼に飛び込んでくるのはたくさんの竹だ。竹林というには怪しげなその奥へ恐る恐る進んでみる。

 すると、乱立する竹の隙間から大きな「日本刀」が幻覚のように立ち上がり現れ出す。しかも竹のひとつひとつはよく見ると、天をつき刺す鋭く長い「竹槍」だ。安の手でつくられた「日本刀」が「竹槍」によって囲われている。思わず息をのみ、観客ははたと踏みとどまる。何故、いま安星金はここに「日本刀」を置いたのか?そして集結する「竹槍」のささくれ立った荒々しい先端は何に向かい、何を突き刺そうというのか?

 安星金はこれまでも様々な作品によって、とりわけ人間社会が手放すことのできない国家暴力、その政治性と社会の深層心理を朝鮮半島といういまなお分断を抱えた国に住む一員として顕在化させてきた。今回の作品について安は、「暴力の歴史的な側面を、より鮮明にあらわしたかった」という。

 あの「9・11」以降、世界の人々の目前で露になった暴力の突出。米国のタカ派政権とそこに引き込まれ、なだれ込むように右傾化する近年の日本。安の「日本刀」と「竹槍」は、現実的にとどまることを知らない強大国の軍備拡張と過去の歴史を切り捨てようとする日本への異議申し立てであり、明快で逆説的な反戦の主張である。

 私たち人間が同じ過ちを繰り返し犯していることを歴史から学びとるべきだとし、ミサイルや現代兵器ではなく、古くからのいわば戦いの原点ともいうべき武器=日本刀や竹槍を用いて、人間の内面に潜在している暴力性、その原罪的なありかを歴史的に浮き彫りにさせようとしたのである。

 竹槍は圧政に抗うとき民衆が唯一手にできた武器として、支配者に対する被支配者の抵抗のシンボルだった。だが植民統治下の朝鮮で日本人は、民衆の連帯の道具であるはずの竹槍で抵抗する朝鮮の人々を打ちのめし、叩き続けたという。

 こうして安がつくり出した「日本刀」から匂うナショナリズムの危うさと、「竹槍」から漂う民衆の血の記憶は、私たち一人一人の無意識層に眠る暴力の所在までも喚起させる。この痛ましいまでの空間には、だがこれらの武力によってほとばしった血、その傷を癒すかのように、雪のように白い真綿が床一面に敷きつめられている。このようにして、東アジアの歴史から切り落とされていく闇を私たちは目撃することになるのだ。

 今回の個展は、「論証―群島のアートの考古学」という大きな枠組みのもとに、「21世紀の東アジア文化論」と題して、アジアの表現を新たな角度から掘り起こそうというものである。

 展覧会オープニングに合わせて行われた作家及び企画者たちのトークで、この企画全体をプロデュースした美術家・映画監督の大浦信行は、「縦軸でできあがった歴史の時間軸を反転させ、無意識の時間軸、すなわち表舞台の歴史から見落とされてきた場所=群島から、国家や制度を越えた歴史の古層に潜む人間の営み、かけがえのない表現をつむぎだしていこうというもの」と企画について説明した。

 こうした言葉を受けつつ、安星金は「私たちは社会の一員として否応なく政治と密接に関係して生きている。東アジアの平和と共存を望むなら、芸術家たちは現在も解決されない過去の歴史を見すえ、その問題点をはっきりと表現していくべき」と語った。

 安星金展に続く次回は、社会学の視点を通して、硬直した制度としての美術の解体を図る福住廉による企画展示、そして国家権力による圧力的な地図から離脱し、今日の混沌とした世界の有り様を未知の島々に降り立ち探り出す文化人類学者・今福龍太の企画展示が同ギャラリーで連続開催される。

 例えば日韓・日朝、日中関係の停滞という昨今の東アジア情勢を文化の次元から突破していくような新たな言葉、表現が求められている現在、これら一連の企画はその契機を生み出す試みとして、今後見逃せないものとなろう。
(古川美佳/韓国美術・文化研究。「21世紀の東アジア文化論」連続企画者)


◇連続企画「論証―群島のアート考古学」◇

■古川美佳企画「21世紀の東アジア文化論」
安星金展「the Sword」
5月30日~6月17日 午後12時~7時(日・月休廊)
■福住廉企画「21世紀の限界芸術論」
6月20日~7月8日
■今福龍太企画「世紀の時間」
7月10日~7月28日

場所:GALLERY MAKI 日比谷線・東西線「茅場町」駅徒歩7分
問い合わせ:℡03・3297・0717