ここから本文です

2007/11/02

<韓国文化>"近くて遠い国"は誰が作ったか

  • bunka_071102.jpg

    演劇「族譜」の舞台から。撮影・蔵原輝人

 青年劇場主催の演劇「族譜」が、今月再演される。日本植民地下の朝鮮半島で、「創氏改名」に抵抗した韓国人の姿を描いた作品だ。同劇場代表の福島明夫さんに、再演にあたって文章を寄せてもらった。

 昨年10月、私たち秋田雨雀・土方与志記念青年劇場は、梶山季之=原作、ジェームス三木=作・演出による「族譜」を上演した。原作は、日本が朝鮮民族に対して行った皇民化政策の一つの柱である創氏改名政策によって起きた悲劇を描いたもので、梶山氏自身が戦前ソウルに育った者としてライフワークとした「朝鮮小説集」の一つであり、また韓国では1978年に映画化もされている作品である。

 この作品をジェームス三木さんは、この小説の背景となった史実に立ち戻りながら、さらに朝鮮半島と日本との豊臣秀吉以来の歴史的関係も補足し、侵略された側の感情、論理を鮮明にする事で、この「国のかたち」についての一つの問題提起とした。それは昨年鳴り物入りで登場した安倍前首相の「美しい国」の芯をなす歴史認識に対しての一つの反証というだけでなく、侵略する側の大きな論理に巻き込まれた日本人の行動を通じて、これからのありようについての問題提起でもあった。

 この公演には初日から私たちの想像を越えた反響が寄せられた。言葉として「衝撃」「事実の重み」など、この舞台が、深く、重く客席に伝わったことを実感させられた。舞台上で展開される創氏改名させるための家族への攻撃、子供たちが唱和する「皇国臣民の誓い」などが、若い世代に「知らなかった」「考えさせられた」という感想を生み、また年配の世代には、「もっと伝えていかなければ」「全国の人々に」という反響となっている。同時に、在日韓国・朝鮮人2世、3世の方々が、ご自分の人生、体験と重ね合わせての感想を綴られているのが印象的だった。演劇雑誌でも年間回顧で、昨年の年間ベストワンに推してくださる方や、昨年の収穫として取り上げてもいただいた。

 この作品で描かれた悲劇は、朝鮮半島全体を襲った悲劇であるにもかかわらず、その事実がまだ知らされていないことを私たちはまた思い知らされる結果になった。と同時にこの作品を東京だけでなく、全国の人々に見ていただく機会を作ることが劇団の責務として課せられたことを痛感せざるを得なかった。そこで舞台をさらに練り直し、より高い舞台成果とするためにも、急きょ、東京での再演を決め、今、稽古を積み重ねているところである。

 今回の再演で特に考えていることは、「過去、このようなことがあった」ことだけを伝えるものから、「その後の60年、そして未来の日本、」を想起するものにしていきたいということだ。今年は、朝鮮通信使400年を記念した様々な催しが持たれ、隣国との平和な交流によってもたらされた様々な文化的な恩恵が明らかにされている。また、日韓の相互交流が進み、特に歴史についての共同研究の成果もいくつか発表されてきている。その中で歴史の真実に一歩ずつ近づいている方向性には確信をもつものの、これが社会一般のものとして共有されているかといえば、まだまだ程遠いのが実状だ。

 特に、戦後の米ソによる南北分断と朝鮮戦争のため、日本の戦争責任、戦後責任は未だに曖昧にされたままである。この作品の上演を通じて在日韓国・朝鮮の方々との交流を深めることができたが、民族的アイデンティティーと近代的市民としての権利がわざと混同され、無権利状態に置かれているという現実は、日本の「愛国思想」の本質問題なのかもしれない。

 この十数年行ってきた韓国との交流を通じて劇団が学んできたのは、過去の出来事への一般的謝罪は、何も生まないということである。どの犯罪行為に対して、なぜその行為が生まれたのかを、自らの言葉で語ってこそ、未来に向けての信頼関係が生まれるのではないだろうか。この「族譜」は、日本の侵略の問題に対して、日本人の内面にまで踏み込んだものとなっている。今回の再演、そして来年6、7月期に計画されている全国公演は、過去にやり残したことへの私たちの思いを、次代に伝えていく仕事なのだと思っている。


  ふくしま・あきお 1953年東京に生まれる。東京大学法学部卒。現在、社団法人日本劇団協議会常務理事、青年劇場代表。


■演劇「族譜」■

日程:11日午後6時30分=俳優座劇場
    12日午後2時と6時30分=俳優座劇場
    14日午後6時45分=ルネこだいら
    15日午後6時45分=エコルマホール
    19日午後6時45分=タワーホール船堀
料金:5,250~2,000円
主催:青年劇場
℡03・3352・7200