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2007/08/03

<韓国文化>韓国初の女性飛行士の生涯描く

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    映画『青燕』の一場面から

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               朴 敬元さん 

 劇場未公開の韓国映画の秀作を紹介する「シネマコリア2007」が、8月下旬から全国3カ所で開催される。韓国初の女性飛行士・朴敬元をテーマにした『青燕』など4作品が上映される。韓国・釜山の近代史研究家、石橋克美さんに原稿を寄せてもらった。

 米国のライト兄弟が自宅のガレージで作った飛行機が約1分間空に浮び260㍍の距離を飛んだのが1903年のこと。

 それから わずか30年後の1933年、日本の東京から満州の新京(ハルピン)までの約2500㌔の遠距離を女性がひとりで操縦して飛んで行く計画が実行された。

 彼女の名前は「朴敬元」。大邱生まれで本貫は密陽朴。資産家の生まれではない朴敬元は、看護婦としての給与と東亜日報などの新聞社が全鮮から募集した寄付で飛行学校を卒業することができた。空にあこがれるだけではなく、資質も備わっていたのだろう。練習を始めてから11時間で単独飛行をして評判になった。1927年1月28日に3等操縦士第430号の免許を得て、翌年2等操縦士の第81号免許に合格。各種の飛行大会で入賞して技量が認められ、賞金も入った。

 女性が空を飛ぶ事に対し、当時の社会からは異質の目で眺められて理解が得られないこと、費用がかかること、飛行士になっても職がえられないことをあげて、後に続く女流飛行士のために理解を求める話を新聞社で答えている。

 現在の飛行機は安全な乗り物だが、当時の飛行機は不安定だった。技量は当然として、気迫と情熱で操縦桿を握ることが要求されていた。

 当時は飛行場に止まっているときでもエンジンからオイルがポタポタと雨漏りのように垂れているのが普通だった。エンジンがかかるとオイルを撒き散らし、燃料とほぼ同じくらいのオイルを消費した。暴れ馬のような飛行機を乗りこなし、大空に浮かんだときの感動に彼女は命をかけた。

 飛行機が急速に伸びていく時代で、世界中で空の冒険者が生まれていた。そして、世界各地で女性が飛行機で空を開拓することが話題になっていた。英国婦人がひとりで英国から飛びたち、世界で始めて女性による空からの来日に成功したのが1930年のことだった。
日本代表で英国婦人の飛行を迎えるウエルカムフライトを担当したのが朴敬元で、歓迎式典で英国婦人と並んで記念撮影をした朴敬元の笑顔は、とても魅力的である。

 1932年 満州国ができた。満州国の理念は五族協和(蒙古、満州、朝鮮、漢、日本)だ。大邱生まれで朝鮮籍の朴敬元が日本から満州まで親善飛行することは理念に合うとして、両国が協力した飛行計画が生まれた。計画を推進したのが逓信大臣だった小泉 又次郎(元小泉総理大臣の父)である。

 国を超えて大空を翔ることは彼女の夢だった。そして 故郷の大邱の上空を訪問飛行もできる予定だった。1933年8月7日朝、出発式典のあと 新しい飛行服に口紅をつけて笑顔で飛び立った。ところが最初の難所である箱根は雲につつまれ悪天候だった。箱根測候所で爆音が聞こえたのが最後だった。到着予定の大阪飛行場では在阪朝鮮婦人会や有力者が花束を持って 郷土の誇りとして待っていたが機影は現れなかった。

 翌8日午前8時10分、静岡県田方郡多賀村玄ケ獄山中で大破した機体が発見された。血に染まった懐中時計は午前11時25分30秒を指して壊れ、操縦席の中で彼女は冷たくなっていた。日本で最初に飛行機事故で亡くなった女性として、彼女の勇気と行動力を称え、熱海市では韓国式庭園と記念碑を建てて祭っている。韓国では郷土の誇りとして賞賛されるのではなく、日本の代表で世界に出たので悪人と評価され歴史から消えた。その韓国の歴史から消された彼女が映画化された。タイトルは『青燕』。史実とは少し異なり恋愛をからめた創作物語である。

 米国で実機をつかったロケを行い、CGも効果的に使った意欲的な作品として2006年正月映画として上映されたが、ヒットはしなかった。

 日本では昨年の東京国際映画祭での上映に続き、今夏シネマコリアで上映される。日本の映画ファンの評価が楽しみだ。

■朴 敬元■

1901韓国・大邱府徳山町で生まれる
1920慈恵医院助産婦看護婦学校入学(大邱)
1922 看護婦学校卒業+インターン2年
1924日本飛行機学校自動車部入学
1926日本飛行機学校立川分校操縦科入学
1927三等操縦士免許
1928飛行競技大会3位入賞
1928二等操縦士免許
1933日鮮満の親善飛行出発・殉職

■『青燕(あおつばめ)』■

 2005年韓国。ユン・ジョンチャン監督。チャン・ジニョン、キム・ジュヒョク、笛木優子(ユミン)主演。実在の女性パイロット朴敬元の生涯を描いた航空映画。大正から昭和初期、朝鮮半島が日本の植民地だった時代、空への情熱を燃やす敬元は、モダニズムの花開く東京にやってきて、立川飛行学校に入学。数少ない女性飛行士のトップとして飛行競技大会、歓迎飛行などで活躍する。しかし忍び寄る軍靴の足音は、恋人との仲を引き裂き、政治の思惑は、故郷訪問飛行を熱望する敬元を日本・朝鮮・満州を結ぶ日満親善飛行に旅立たせる。