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2007/01/12

<韓国文化>円熟の巨匠が表現する"至上の愛"

  • bunka_070112.jpg

    談笑する作曲家のオリビエ・メシアン(右)と、若き日のチョン・ミョンフン(c)Vivianne/DG

 韓国出身の世界的指揮者チョン・ミョンフンが、オリヴィエ・メシアンの「トゥランガリラ交響曲」を演奏する東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートが、23、24の両日、都内で開かれる。同交響曲は90年、チョンが独グラモフォンのデビュー盤に選んだ思い出の曲であり、メシアン自身もチョンの演奏を高く評価している。今公演の意義について、東京フィル渉外部長・広報担当の松田亜有子に文章を寄せてもらった。

 「チョン・ミョンフン指揮の《トゥランガリラ交響曲》の2度の上演と録音を聴いたときの私の感動はいかようであったか!私の全要求に完全に応えている。これこそ良いテンポ、良いダイナミックス、真の感情そして真の喜びである。あらゆる観点から見て非常に素晴らしく、おそらく今後は基準のヴァージョンとみなされるであろう」

 フランスの偉大な作曲家オリヴィエ・メシアンが、1990年10月に、チョン・ミュンフンがパリのバスティーユ歌劇場で、グラモフォンのために録音した《トゥランガリラ交響曲》のCDを聴いた時に、寄せた言葉である。

 作曲家が、ひとりの音楽家の解釈を気に入ることは多々あるが、「基準のヴァージョン」とまで言ってしまうと、その後のより自由な解釈を制限してしまう恐れすら含んでいるわけだが、聡明なメシアンは、そのことを十分に知っていたうえで、それでもチョンが指揮した『トゥランガリラ交響曲』を、ここまで誉めた、ということなのだろう。

 一方、マエストロ・チョンは、あるインタビューで次のように語っている。

 「その技術的な複雑さと難解さはすべて、ひとつのゴールを持っています。つまり、もっとも重要なメッセージを心から表現すること=それは、愛と忠誠と信仰です。メシアンは、そのスコアに『大きな喜びを持って』という言葉を用いる私の知る唯一の作曲家です。まさにその感情をもって私たちは演奏をしましたし、そして私たちは聞き手がそのようにこの作品を受け入れることを望んでいます」

 この言葉は、メシアンの「彼方の閃光」の演奏について述べたものだが、メシアンに寄せる敬意や、その作品のコア、つまり「大きな喜び」という点をマエストロ・チョンが重要視していて、聞き手にもそれを理解してほしい、と思っていることがよく分かる。

 この「大きな喜びを持って」という指示語は、《トゥランガリラ交響曲》の第十楽章のフィナーレにつけられている。全十楽章に及ぶこの大交響曲は、トリスタン伝説をテーマにした作品のひとつとして作曲したものである。

 トリスタン伝説とは、現世では結ばれなかったトリスタンと王女イゾルデの悲恋を描いた、ヨーロッパ中世の代表的な愛の物語だ。メシアンはこの交響曲について、「宿命的な愛、抗いがたい愛、原則として死にいたる愛、肉体を超え精神の与件さえも超えて、宇宙的な規模に広がってゆくが故に死を呼ばざるを得ないような愛」を表現したと述べている。

 ベートーヴェンでもマーラーでもなく、メシアンの《トゥランガリーラ交響曲》をデビュー盤として登場した若きマエストロ・チョンのタクトには、誰もが驚愕し、圧倒的な個性を持った新しい世代の到来を感じたことが懐かしく思い出される。メシアンの音楽とマエストロ・チョンの相性は、作曲家自身の言葉にも明らかだが、その後に何枚もの素晴らしいCDが製作されたことからも周知のことであろう。

 デビュー盤の録音から早17年。もはや巨匠の域に達したと言っても過言ではないマエストロ・チョンの音楽的な年輪と、メシアンが表現しようとした人間の生に関わる愛の深さを探求する絶好の機会となることは間違いない。

 「至上の愛」をテーマにしたこの交響曲が、現在の最高のメンバーでどう演奏されるか、注目してほしい。


■メシアン「トゥランガリラ交響曲」■
日程:23日午後7時=サントリーホール
   24日午後7時=東京オペラシティ
料金:1万1,000~2,000円
℡03・5353・9522(東京フィル)