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2008/02/29

<韓国文化>在日新世紀・新たな座標軸を求めて⑪                                                      ― 祖国統一願いワンコリアフェスティバル23年間開催 鄭 甲寿さん ―

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    チョン・カプス 1954年大阪市生まれ。在日3世。立命館大学卒業後、プラスチック加工業を自営、85年「解放」40周年を機に、「8・15 <40> 民族・未来創造フェスティバル」を創設。以後、毎年開催(90年に「ワンコリアフェスティバル」と改称)。2004年には特定非営利活動法人「コリアNGOセンター」を設立、代表理事に就任。

 南北に分かれて争ってきた祖国が、平和な一つの国になってほしいとの願いで在日コリアン有志により始まった「ワンコリアフェスティバル」。85年8月にスタートし、今年で何と24回目になる。今年は3月30日に東京・代々木公園、10月26日に大阪・大阪城公園太陽の広場で開催する。そのイベントを企画・推進してきたのが在日3世の鄭甲寿さんだ。

 「在日の先輩、友人らと『7・4会』という団体を作って交流していたが、84年、詩人の金時鐘さんから『来年の解放40周年に若い人たちで何か行事ができないか』と提案を受けた。それがきっかけとなって、統一をテーマにした一大イベントを行おうと考えた。対立から対話、分断から統一への展望を、生き生きとした想像力と積極的な未来創造の姿勢で見出したいと考えたからだ」

 鄭さんは当時29歳。仲間も20代で、若さを武器に奔走し、大阪城公園での3日間のイベント実現にこぎつけた。しかし、組織の協力を得られなかったこともあり、3日間で1万人の動員は夢に終わり、3日間で約600人。大赤字に終わった。

 「仲間は失望していたが、自分は絶対続けると誓った。ワンコリアの思いを在日社会に訴えたいと思ったからだ。そこで規模を縮小し、地道に在日文化人や組織に協力を要請し続けた」

 努力の甲斐あって、賛同者は徐々に増え、趣旨に賛同した日本の文化人も加わるようになった。大阪だけでなく東京でも開かれ、ワンコリアの名前が定着していく。

 「80年代末に冷戦が崩壊し、ドイツが統一した。そしてECがEUになり、欧州地域の共同体が生まれた。この地域統合の動きは世界的規模で広がると確信し、90年のワンコリアフェスティバルでアジア共同体という言葉を使った。アジアで地域統合が成されれば平和と繁栄を産み出す。そのためにも南北統一が必要との考えからだった」

 「アジア共同体という提言には、文化的背景が違うアジアでは無理などの批判もあった。しかし、たとえば華僑は様々な対立や国籍の違いなどがあっても、同じ同胞のネットワークとしてつながっている。それを手本にしたい。アジア共同体の時代において中国は大きい存在だ。華人・華僑ネットワークとも交流を深めていきたい。国籍や民族を超えたネットワークを構築することこそ、21世紀において在日コリアンが活躍できる生き方だと思う」

 「日本社会が真の多文化社会になれるかどうかも切実な問題だ。外国人の人権、戦後補償など歴史の清算について、日本社会は真剣に考えてほしい。未来志向の時代を築くためにも、過去の反省が重要だ」

 鄭さんは在日密集地の大阪・生野区で生まれた。同胞が多く住む長屋で育ち、朝鮮学校、そして建国学校で民族教育を受ける。大学でも民族運動などに関わった。そして、民族教育にも南北対立が影響していることを実感し、それが新しい在日の運動を模索する原点となった。

 ワンコリアフェスティバルを運営する一方、04年には人権運動、民族教育運動を行ってきた他の在日市民団体とともに、特定非営利活動法人「コリアNGOセンター」を設立し、代表理事に就任した。

 「同センターには現在、私を含めて5人の専従がいる。フィールドワーク、各自の講演料、各種催し開催、物品販売などの事業収入、それに会費収入で運営している。財政的には楽ではない。会費収入を増やして行きたいと考えている。これまで意見の相違もあったが、4年目を迎えて団体としてのまとまりが良くなった。存在感を高め、在日社会に貢献する新たな運動を模索したい。ニューカマーのコリアンが急増しているが、彼らとの共生は今後の大きな課題と考えている。在日の未来にニューカマーの存在は欠かせない。コリアの文化を引き継いでおり、しかも民主化された韓国で育った人たちだからだ。彼らと在日が力を合わせて生きていくことは大切だ」

 「これまでのような、在日組織が在日社会に君臨する時代は、すでに終わった。韓国民団、朝鮮総連はもっと交流を深めてほしい。民団、総連をも融合した新たな在日ネットワークが必要だ。このネットワークは、東アジア共同体の触媒となることの出来る存在だ。これまでの国民国家間の競争から、地域間競争の時代になる中、日本社会に東アジア共同体を発信していく意義は大きいと確信している」