ここから本文です

2008/07/18

<韓国文化>韓国民衆工芸の美に深く共感

  • bunka_080718.jpg

    楊州別山台劇(1977年、撮影・岡本太郎)

 企画展「岡村太郎が見た韓国 1964・1977」が、7月19日から9月28日まで、神奈川県川崎市の川崎市岡本太郎美術館で開かれる。岡本太郎の2度の訪韓の足跡をたどりながら、韓国の伝統文化を紹介する貴重な企画だ。岡本太郎と親交のあった在日の金両基さん(評論家・比較文化学者)に、「岡本太郎の感性を震動させた韓国」と題する文章を寄せてもらった。

 岡本太郎のリズムや作品さらに発想は、日本や中国よりも韓国(朝鮮)にかぎりなく近い。1970年の日本万国博覧会で「太陽の塔」をみたときわたしは直感的にそれを感じたが、その論拠は全くなかった。そのころのわたしは岡本が64年に初めて韓国を訪問していたことも、韓国の民芸や伝統芸能などに関心を持っていることも知らなかったが、その後岡本太郎とは対談や談笑をする機会が生まれ、次のような一文にも出あった。

 岡本太郎は韓国の「民芸のおおらかさ、のびのびと豊かで、ユーモアがあって、しかも気格が高い、あれが大好きだったし、民話もいい。何よりも民族学をやっている彼は、この風土のシャーマニズムに強い関心を抱いていた」(岡本敏子著『岡本太郎が、いる』新潮社、1999)。

 岡本太郎とわたしをつなげた最初の媒体は韓国の仮面であった。64年の訪韓時にかれは国立中央博物館に展示されている河回仮面を見ている。高麗の中葉の作と推定されている榛の木で作られた河回仮面とその影響を受けた屏山仮面を含めて11体あり、国宝に指定されている唯一の仮面である。韓国の仮面については予備知識を持っていなかったはずの岡本が、その仮面を見初めた慧眼は流石である。

 岡本は77年の再訪で楊州別山台劇を伝承している現地に出かけ記念写真を撮り、そこには太郎スマイルを浮かべた姿がある。太郎スマイルの真後ろに扮装した演者の仮面が並び、太郎スマイルと面相が実によく解け合っている。

 「太陽の塔」を見たときわたしがそこに韓国を感じたのは、岡本のなかに内在していた韓国の民衆工芸に惹かれるなにかが無意識のうちに表出されていたからであろう。太陽の塔に描かれた仮面、面相とピカソの絵に描かれたものとの比較をした一文を読んだことがあるが、わたしには韓国の仮面とくに山台劇や五広大系の仮面との近さを感じる。色は原色的で、透明度が高く、単純素朴で、アンシンメトリーで戯画化されたそれらの仮面に出あえば、だれもが自然に頬を崩す。そこに型や枠の呪縛を取り払った自由奔放な岡本の作品にも通じる雰囲気を強く感じる。

 岡本の眼は韓国の王宮や古寺よりも民家や土塀に出あったとき光を放つ。それを縁取っている流れるような線、リズム、それをわたしは流線と表現しているが、岡本の眼はその流線、流動感をとらえた。

 「どうだい、この平気な線。日本人だったら定規をあてたようにカチッと真直ぐにしちゃうよ。平気でこんな風に、ちょっと凹んだり、またすうっともとに戻ったり。これが韓国だよ。(中略)型枠にはめたように、きまりきった形でないところがいい」(『岡本太郎が、いる』)

 岡本がその線に出あったのは民芸、とくに朝鮮時代の白磁であったようだ。太陽の塔の外形空間をしめる白の余白、縁取る線、計算を越えたおおらかな線描、まるで白磁の壺が羽を生やし首をだして飛翔しようとしているような幻覚に襲われる。それほど韓国に近いリズムをわたしは岡本作品から感じるのである。

 「太陽の塔」の内部に地下(過去)・地上(現在)・空中(未来)の三界を作り、地下から未来に向けて45メートルの「生命の樹」がそびえるように立つ。それは聖樹(Sacred Tree)であり天と地をつなぎ、神や霊がそれを通って天地を往来する。聖樹は生命源でもあり、古朝鮮の建国神話(壇君神話)に登場する神壇樹を初めとして韓国の建国神話で大きな役割を果たす。日本神話のイザナギとイザナミが天の御柱を廻りながら神占いを行い、日本の国土とそこ治める天皇系の始祖が誕生する。天の御柱も生命樹であり、そうした聖樹信仰はシベリア・中国・韓国・日本に広く分布する。

 「チャンスンにめぐりあえたことは収穫だった。(中略)チャンスンの棒は天に向かってのび、大地につき刺している。この聖であると同時に、いわば道標のような、垂直の存在は、風に対して立つ。(中略) 私もチャンスンのように天に向かって突き立って荒漠たる大陸をわたって来る古代からの文化、風の流れと、生身でぶつかいあいたいと思う」(「風の柱―チャンスン紀行―」『藝術新潮』新潮社、1978年3月号)と、岡本はチャンスンに思いを馳せている。

 77年6月27から7月5日、岡本は韓国を再訪した。岡本はソウルで鳳山仮面(舞)劇を再見するほど高い関心を示し、また民俗学者である崔常寿の非公開の仮面コレクションを見ている。そのコレクションには伝統的時代の民の発想、支配層への痛烈な風刺が表出した古面が多い。そのことが岡本の耳に届いていたにちがいない。

 「朝鮮文化のこののびやかさは、どこから来るのかなあ。中国とも違う。(中略)日本はまたチマチマッと重箱の隅まで突ついて、きっちりしないと気がすまない。東洋なんて一口に言うけれど、この三つにしたって全然質が違うじゃないか。僕はこの抜けたような、軽さ、のびやかな流動感が好きだねえ。」(岡本敏子著『岡本太郎が、いる』)

 短い語録に岡本の感じた韓国の風土と民族と文化への思いが点在している。(図録より要約・転載)


■「岡本太郎が見た韓国 1964・1977」展

日程:7月19日~9月28日
会場:川崎市岡本太郎美術館
料金:一般700円、高大生500円
 *8月31日午後2時30分より講演会「韓国の生活の美」あり。講師は現代美術作家の李禹煥氏。無料