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2008/02/15

<韓国文化>歴史研究通し在日の主体性追求

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    在りし日の朴慶植氏(右)と崔碩義氏。(96年ごろ調布にて撮影)

 在日の歴史家、朴慶植(パク・キョンシク)さんが不慮の事故で亡くなったのが、1998年の2月13日のこと。10周忌を迎え、親交のあった作家の崔碩義さんに文章を寄せてもらった。

 朴慶植先生が交通事故で亡くなられたのが、1998年2月13日のことだから、早くも10年という歳月が過ぎた。いうまでもなく先生は、在日朝鮮人の苦難の歴史を追求してきた研究者で、とくに植民地下での強制連行を実証的に明らかにしたことで有名である。

 その業績は、数多くの著書と『在日朝鮮人関係資料集成』(全5巻)、『朝鮮問題資料叢書』(全16巻)、『在日朝鮮人関係資料集成戦後編』(全10巻)といった一連の資料集に結実しているといってもよいだろう。

 なお、生涯をかけて集めてこられた数多くの書籍と資料は、現在、滋賀県立大学の中に「朴慶植文庫」として収められ、広く研究者に利用されていると聞いている。

 先生の初期の著作である『世界対照、朝鮮歴史年表』(55年)を、私は今でも大事に持っているが、こうした世界対照の朝鮮史の年表といった本はかつてなかったのでとても役立った。もちろん、私も多分に洩れず名著『朝鮮人強制連行の記録』(65年)を読んだときは大いに感銘を受けた。後に、この「強制連行」という用語が独り歩きしていろいろな論議を呼んだが、あの言葉は必ずしも先生の新しい造語ではなく、当時、ある雑誌に載った「戦時下における中国人強制連行の記録」という調査報告から刺戟を受け、思い付いたものと理解している。

 朴慶植先生と初めて会ったのが、いつ、どこだったかという記憶は定かではないが、70年代の後半、高円寺北口にあった東京西部古書会館でしばしばお目にかかってお話を聞くことが出来た。その後、先生の主宰する「在日朝鮮人運動史研究会」に顔を出すようになったのだが、なにしろ私は歴史の研究者ではないので戸惑うことが多く、ただ出席するだけの生半可な会員だった。それにしても現在に至るまで、20数年間もよく飽きもせず、参加して来たものだと我ながら感心している。

 90年代に、毎年日本各地で開かれブームになった「朝鮮人・中国人強制連行を考える全国交流集会」には、先生といつも同行したが、当時の先生の颯爽とした面影が何故か強く印象に残っている。それに、楽しい思い出といえば、富山の宇奈月温泉で関東、関西合同研究会を終えたあと、二人で黒部渓谷をトロッコ電車で登り、鄙びた温泉宿で野天風呂を満喫したこと、また、静岡の美保の松原、清見寺に遊び、金弘茂(キム・ホンム)さんにふぐちりをご馳走になり、夜は夜でカラオケを愉しんだことなども忘れ難い。今となっては、これらはみな貴重な思い出として私の心の奥に刻まれている。

 先生は生前、とくに在日朝鮮人の民族的主体性(アイデンティティ)の確立について強調するのが口癖であった。私は先生の頑固一徹な性格に辟易したことも一度や二度ではないが、しかし、その旺盛な反骨精神、強靭な精神力には畏敬の念を禁じ得なかった。思えば朴慶植先生は朝鮮総連の手厚い援助を受けて研究活動をしてきた訳では決してない。後に非組織的活動の親玉であることが露見した金炳植(キム・ビョンシク)副議長に睨まれ、朝鮮大学を追放された。考え方によっては、先生はこうした理不尽なやり方と屈辱をバネにして、その後の一連の著作を成し遂げたといえなくもない。

 今、私の脳裏に去来するのは、先生が晩年「在日同胞歴史資料館」の設立に執念を燃やしてきたが、志半ばにして挫折したことである。私も少し関わったが、何分力不足で期待に応えられなかったことを今でも申し訳なく思っている。首都圏の駅から5分以内の比較的静かな場所に、敷地面積約396平方㍍、建坪約660平方㍍ぐらいのささやかな資料館の講想が実現していたらどんなに良かったことだろう。本来、こうした有意義な文化事業などは、国や組織の支援を得て、立ちどころに設立されて然るべき性格のものといえる。これは取りも直さず、在日社会がそれだけ未成熟な社会であることを物語る。したがって、その後、民団が先生の遺志に幾らか近い形の「在日韓人歴史資料館」を設立したのは賢明で、評価に値する。

 かつて朴慶植先生が創立した「在日朝鮮人運動史研究会」の、その後についても触れておこう。こうした在野の研究会は、主宰者が亡くなればすぐに潰れるものだが、その後ずっと継続しているということは稀有なことに属する(現在の代表は樋口雄一氏)。しかも毎月の研究会は、前からの会員はもとより、若い研究者や各国の留学生などでとても賑わうという現象を呈している(毎月最終日曜日の午後2時、会場は早稲田大学国際会議場の4階、一般参加も可)。会の雑誌『在日朝鮮人史研究』も、すでに37号までが発行されていて、多くの研究論文を:掲載してきた。

 私は思うのだが、そもそも、在日の存在自体が歴史である以上、歴史に目をそらさず、関心を持つことは、今後の在日の生き方と決して無関係ではない。いみじくも、詩人の高銀(コ・ウン)は次のように詠っている。

 ―――もうわれわれには/生まれたところが故郷ではない/育ったところが故郷ではない/私たちの歴史が故郷だ―――

 そこで、次のような言葉で締め括りたい。「在日の歴史を忘れまい」、「歴史認識をより確かなものにしよう」。


  チェ・ソギ 作家。在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『韓国歴史紀行』(影書房)などがある。