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2009/06/05

<韓国文化>『光州事件』の真実を伝えたい

  • 『光州事件』の真実を伝えたい

    80年の「光州事件」をテーマにした演劇『ちゃんぽん』の練習風景

  • 『光州事件』の真実を伝えたい②

    もりい・むつみ 81年ピープルシアターを仲間とともに創立。代表を務める。日本演出者協会理事、日韓演劇交流センター副会長、日本劇作家協会会員。

 1980年の「光州事件」をテーマにした韓国の戯曲『ちゃんぽん』を、長年韓国と交流してきた日本のピープルシアターが翻訳・上演する。同劇団代表で演出を担当する森井睦さんに、公演の意義について文章を寄せてもらった。

 ピープルシアターは来年で創立30周年になるのだが、80年は、その旗上げのための脚本を書き上げ、2本目の作品として、在日韓国人政治犯、徐勝(ソ・スン)、徐俊植(ソ・ジュンシク)兄弟と、その母、呉己順(オ・ギスン)さんの物語「鳥は飛んでいるか」を構想していた。そんな5月、「光州事件」のことを知った。まさに韓国を書こうとしていたその国で、自国の軍隊が自国の市民を殺したという。酷いことをするものだと思った。

 時代をともにした光州事件を題材とした「ちゃんぽん」という作品を自分が演出するとは考えてもいなかった。30年近くの歳月が一気に戻ってきたような、いや、自分で引き寄せたような、様々な思いが駆け巡った。

 「第一回日韓演劇フェスティバル」を企画した段階で、多くの候補作品の中から、翻訳者の津川泉さんの薦めもあり、この作品を選んだ。若い作家が書いた喜劇仕立ての光州事件は、実験的なところもあり、自分が演出できるのかなと、ちょっと躊躇するところもあったのだが、今だと思った。今だという感覚は、作者の尹晶煥(ユン・ジョンファン)さんにもあるのかもしれない。彼は今ソウルで、4月24日から2カ月間のロングラン公演をおこなっている。30年という歳月は短いようで長い。日本の若者の多くは「光州事件」そのものを知らない。そんな中での「ちゃんぽん」の上演はどんな意味を持つのだろうか。

 私たちピープルシアターは前述したように「鳥は飛んでいるか」を日本の各地で上演し多くの共感を得た。その後、朝鮮を愛し、朝鮮文化を愛した柳宗悦と、祖国を愛し、日本軍の拷問にも屈せず獄死した韓国のジャンヌ・ダルクと言われている柳寛順(ユ・ガンスン)を、同時代に生きていたというだけで二人を架空の世界で出会わせた物語「二人の柳」。朝鮮語で詩を書いていたというだけで治安維持法で捕らわれ、1945年、福岡刑務所で獄死した韓国の詩人尹東柱(ユン・ドンジュ)の物語「一点の恥辱なきことを」を上演してきた。個人的には統一問題を喜劇的に扱った呉泰栄(オ・テヨン)さんの作品「統一エクスプレス」を演出した。そして今回の「ちゃんぽん」である。これからも韓国を題材にした演劇、韓国戯曲を上演する予定がある。それらが、この日本の中で、どんな意味を持つのだろうか。

 一つには、アジアの国々の中で文化的にも、歴史的にもいろいろな意味で切り離しては考えられない朝鮮。そんな隣国の歴史的な様々な事柄を、日本の多くの人たちに知ってもらう、ということもある。が、演劇にとっては、それだけだったら演劇である必要はない。尹さんのソウルでの公演を見てきた人に聞いたのだが、初演の時には、言葉や衣装を含め、80年という時代を意識した公演であったが、今回は現代というものをかなり意識して書き替えらていたという。

 韓国の人なら知っている光州事件も、この日本では、知っている人も確かに居られるとは思うが、多くの観客は、特に若い人たちは何も知らない人たちが多数を占めている。それには、ドキュメントとしての光州事件ではなく、歴史から学ぶ象徴としての光州事件として捉え直さざるを得ないと考えている。

 肌で感じていた時代の空気と知識、30年の短いようで長かった歳月を経て、風化することなく、それが舞台でどのように溶け合うことができるか。そこにある暴力を、そこにある不条理を、そこにある真実を、そこにある人間らしい生き方を、そこにある愛や絆を描くことによって、今を生きる私たち日本人の、これからの生き方への一つの指針として多くの人たちと共振、共鳴したいと願っている。

 まず「光州事件」そのものを知らない劇団員に対して「光州事件」とはどんなことだったのかを知ってもらうところから始まった。事件の大筋を知るにつれ、今度は、感情の起伏の激しさが、どちらかというと緩やかな日本人の感情が、韓国人の感情の起伏の激しさを捉えきれないもどかしさがあった。

 次に、「光州事件」をほとんどの人たちが知っている韓国での上演を前提にして書かれた台本を、共通認識を前提に大胆に飛躍しているシーンがたくさんある脚本を、ほとんど知らない日本の観客に見せるという工夫、100席の劇場の為に作られた脚本を、300席の劇場の空間に世界を広げる工夫に時間を取られた。

 が、感情の起伏の激しさ、韓国人の優しさの表現の仕方なども徐々にクリアされ、美術プランも大きな空間の中で光州事件の真っただ中にあった小さな中華料理店を浮かびあがらせることができそうだ。

 それらの出来上がりの中から、私たち独自の、光州事件のあの当時の学生や市民の憤りや哀しさを身体表現とし表すことができる目途もついた。韓国での上演とは一味違う私たちの舞台が出来上がると確信している。楽しみにしてほしい。


■『ちゃんぽん』

日程:10日~13日
会場:あうるすぽっと(東京・豊島区)
料金:3500円
電話:042・371・4992


■『ちゃんぽん』あらすじ

 80年の「光州事件」が、中華料理店のちゃんぽん一杯の奪い合いから起きたというブラックコメディー。ソウルでロングラン上演中。