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2009/07/03

<韓国文化>東アジア建築の共通性とは

  • 東アジア建築の共通性とは①

    韓国両班(ヤンバン)住宅写真

  • 東アジア建築の共通性とは②

    中国福建省の土楼(どろう)写真

  • 東アジア建築の共通性とは③

        平等院鳳凰堂彩色模型写真(部分)

 企画展『日本建築は特異なのか ―東アジアの宮殿・寺院・住宅―』が、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で始まった。韓国、日本、中国の建築物を通して、東アジア建築の共通性、普遍性を考える企画だ。

 日本の建築文化は、縄文・弥生にはじまり、古代・中世・近世と受け継がれ、日本独自、日本固有のものと考えられてきた。しかし、東アジアに視野を広げてみると、韓国や中国の建築と日本建築はよく似た部分も多い。韓国、中国の建築と比較して、東アジア建築の共通性、普遍性という問題を考える。この場合の建築文化は、王権の象徴としての宮殿、寺院などの宗教施設、そして住宅で代表させている。

 展示は第1部が、「宮殿王権のあり方からみた中国・韓国・日本」だ。それぞれの宮殿建築を取り上げ、宮殿の建築配置、宮殿建築の形、さらに王権の象徴である玉座の違い、特徴を写真や図面で示し、それぞれの王権のあり方を示す。

 日本の宮殿の手本としては唐の長安が知られているが、ここでは北京の紫禁城を取り上げる。南北に貫く中軸線上に天安門・端門・午門・太和門と並び、皇帝即位、詔書の頒布など重要な国家式典を挙行する政庁正殿の太和殿が正面にその偉容を見せる。

 朝鮮王朝(1392~1910)の都城である漢城(ソウル)は、風水思想に従って四方を山で囲まれた場所に置かれた。正宮の景福宮は南北に長い配置だが城壁は地形に従って曲線状になっている。宮殿内部は中国にならって朝庭を前に、寝殿を後ろに置いている。景福宮の正殿は勤政殿で王室の大きな行事や、各種の儀式に用いられた。景福宮南正門である光化門は、下部の石築部に三連のアーチを開き、上部に重層の楼閣を建てている。

 平安宮の宮殿機能を受け継いだ京都御所は、臨時の里内裏であったものが常態化したものだ。現在の位置に定まったのは1331年で、その後何回も火災再建を経ており、現存の主要建物は1855年に再建された。京都御所南面の正門にあたる建礼門は、門扉を挟んで前後に二本ずつの柱をたてる四脚門という平安時代貴族住宅の格式の高い門の形式を守っている。

 日本の宗教建築は寺院と神社が中心だが、中国や韓国には神社建築はない。

 韓国では都市部に仏教寺院は少なく、孔子を祀る廟建築は各地に作られた。大きな住宅(両班住宅)の裏の廟建築に、その家の祖先が祀ってあり、仏壇で祖先を祀る日本とはかなり違う。

 中国では儒教が、皇帝の権威、社会の秩序・組織などに、理論的な説明を与えた。皇帝は祖先を祀る宗廟と、天に祈念する天壇、地の諸神に祈る社稷を建設した。仏教は3世紀にインドから中国に伝わったが、中国の儒教的な世界を変えるほどの影響を与えることはなかった。

 日本の中世以後の仏堂は奥行きの深い平面が特徴だ。檜皮葺の屋根や天井を張った構造も中国・韓国の仏教建築とはかなり異なる。

 日本の寺院建築には、中国唐からもたらされた古代以来の和様と、鎌倉時代に新たに当時の中国宋から導入された大仏様(天竺様)、禅宗様(唐様)という三つの形(様式)がある。韓国にも柱心包系、多心包系と呼ばれる形(様式)があり、それぞれ中国から導入されたとされている。これら韓国、日本の建築の淵源であった中国は広大であり、地域による建築の形はかなり多彩だ。構造的にみても、中国の建築は北と南ではかなり異なっている。

 仏教建築で用いられる塔も、日本と韓国・中国では全く形が違っている。日本で層塔と呼ばれている五重塔、三重塔などは、内部中心に心柱があって、床はなく上れない。中国では内部に床があって上層まで上れる形式が一般的だ。また密教寺院で用いられる多宝塔という形式も日本独自であって、韓国や中国にはない。

 住宅は支配層と庶民層とでは大きく異なっている。中国の支配層は四合院(しごういん)という左右対称で中庭を囲んだ住宅形式を受け継いできた。韓国の貴族住宅も中国の影響が考えられるが、独自の空間構成を成立させた。日本古代の寝殿造は中国の影響下に成立したと考えられるが、左右対称の構成はくずれている。


■「日本建築は特異なのか ― 東アジアの宮殿・寺院・住宅」展

日時:6月30日~8月30日
場所:国立歴史民俗博物館
   (千葉県佐倉市城内町117)
料金:一般830円、高大生450円
電話:043・486・0123