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2009/10/30

<韓国文化>韓国映画・『アメリカ通り』が小川紳介賞に

  • 韓国映画・『アメリカ通り』が小川紳介賞に

    もんま・たかし 1964年秋田県生まれ。明治学院大学准教授。韓国、中国、北朝鮮を中心とした東アジア映画を研究。著書に「アジア映画に見る日本」など。

  • 韓国映画・『アメリカ通り』が小川紳介賞に②

    韓国の米軍基地を描いた映画『アメリカ通り』

  • 韓国映画・『アメリカ通り』が小川紳介賞に③

    映画『馬鹿は風邪ひかない』

 世界のドキュメンタリー映画を紹介する「第11回山形国際ドキュメンタリー映画祭」が、山形市内の映画館で8日から15日まで開かれた。同映画祭に参加した門間貴志・明治学院大学准教授に報告をお願いした。

 20周年を迎えた山形国際ドキュメンタリー映画祭が、10月8日から15日まで、山形市内の中央公民館や映画館を会場に開催された。映画祭事務局が市の管轄から離れNPO法人となって2回目の開催である。かつての祝祭的な熱狂はやや影をひそめ、じっくりと映画を鑑賞する雰囲気が整っている。とは言っても出品作品は相変わらず多く、すべてを網羅して観ることはもちろん不可能である。今回もアジアからの出品作を中心に映画を鑑賞した。

 観客の間でもっとも話題になったのは、山形市で撮影されたという、英国のショーン・マカリスター監督の『ナオキ』であった。山形市在住のナオキさんは事業に失敗し、現在は57歳にして郵便局のアルバイト職員。27歳年下の恋人と同棲している。カメラは二人の生活を追う。この主人公が非常にユニークである。職場の様子を「資本主義の顔をした共産主義」とからかい、自分の境遇を日本の格差社会を示すケースとして自虐的に語る。

 これまで日本人を取材した外国のドキュメンタリー映画は数多くあったが、その多くは日本語の堪能な監督によるもので、撮影対象となる日本人が外国語で応ずる例はきわめて稀である。字幕ではやや整理されている部分もあるが、ナオキさんは監督とコミュニケーションが十分可能なレベルの英語を話し、しかも日々の生活から、感情の細やかなひだ、そして日本社会の現状と問題を自分に引き寄せて語るのである。監督の功績というよりも題材の面白さが印象的な作品だった。

 在日関係では、松江哲明監督の『あんにょん由美香』を観た。最近まで劇場公開していた作品だが、なかなか楽しめた。亡くなったAV女優の林由美香が、韓国のポルノ映画に出ていた事実を知った監督が、その謎(と言ってもはなはだ個人的なものだが)を説くべく韓国に出かけて取材を試みる。しかし彼は、疑問や問題を設定するためにいつも無理をしているような印象を感じてしまう。さらに、在日3世で高校までを東京の民族学校で過ごしたという琴仙姫(クム・ソンヒ)監督の『フォーリン・スカイ』を観た。古いフッテージ映像のみを使って、家族史、民族史を語ろうとする意欲作なのかと思いきや、途中で視点が錯綜を始め、作品としては失敗に終わっている。「米軍が朝鮮戦争で使用する武器を日本で生産した」というナレーションが、大戦末期の日本の記録映画の映像に重ねられているのは、単なる検証のずさんさに由来するものなのか、あるいはさらに高い次元からの虚構史の試みなのかは曖昧である。後者だとしても、虚構というものに対するスタンスがなおざりで、作品として成立するための仕掛けに乏しい。残念な作品である。

 その点では、韓国の金炅満(キム・ギョンマン)監督の『馬鹿は風邪を引かない』は秀逸な短編だった。韓国の大統領選挙の開票速報をテレビで見ている二人の青年のおしゃべりという体裁をとっている。しかし現在のテレビ音声に、過去の大統領たちの選挙戦の映像が重ねられ、居心地の悪い既視感が誘発される。過去のフッテージ映像の意味が脱臼でもしたかのようにずれていく手法は見事だった。

 キム・ドンリョン監督の『アメリカ通り』は、米軍基地のある韓国の街で働く、ロシアやウズベキスタン、フィリピンから来た女性たちを取材した社会派と呼べる作品で、非常に興味深かった。不法滞在のままで働く女性も多く、こうしたドキュメンタリーを撮るには、取材対象との関係を築かなければ不可能である。山形映画祭が毎回、期待されるアジアの作品に与える小川紳介賞は、今回はこの『アメリカ通り』に授与された。

 他に興味を引かれたのは、中国の黄偉凱監督の『現実、それは過去の未来』である。ざらついたモノクロの画面で、広州の街のあちこちで起こるトラブルや事件、トラックから路上に飛び出した豚、同じ場所に二度出動する消防車、勢いよく水を噴き出す破裂した水道管などの映像の断片を、時空を超えた大胆かつ緻密な編集で構成していく実験的要素の強い作品である。まるで同じ日に起こっているかのようにも見える。

 それから台湾の曾文珍監督の『春天 - 許金玉の物語』は、ビデオ作品が多い昨今、きちんと十六ミリで撮られている。これは一九五〇年代の白色テロの犠牲となった人々の証言を記録した作品である。日本の植民地時代から台北の郵便局員だった女性が、解放後に処遇改善を求めるデモに参加したことで国民党政権から逮捕され十五年服役した体験を真摯に語る。映画はオーソドックスな演出だが、淡々とかつ知的に語る彼女の姿は、前回のグランプリ作品『鳳鳴』の主人公のように、知識人の矜持を感じさせ、感動的であった。

 長らく山形映画祭で「アジア千波万波」部門の会場となってきた映画館ミューズの閉館を惜しむイベントも開催された。すでに映写機も取り外され、座席のない平らなフロアーを見て、閉じていく映画館というのはいつも物悲しいと感じた。


  もんま・たかし 1964年秋田県生まれ。明治学院大学准教授。韓国、中国、北朝鮮を中心とした東アジア映画を研究。著書に「アジア映画に見る日本」など。