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2010/03/26

<韓国文化>『満州』舞台に植民地支配考える

  • 『満州』舞台に植民地支配考える①

    ふくしま・あきお 1953年東京生まれ。東京大学法学部卒。現在、(社)日本劇団協議会専務理事、(社)日本芸能実演家団体協議会理事、青年劇場代表。

  • 『満州』舞台に植民地支配考える②

    満州テーマの『太陽と月』けいこ風景

 青年劇場第101回公演『太陽と月』が、4月16日から25日まで、東京・新宿の紀伊国屋ホールで上演される。ジェームス三木作・演出で、満州国を舞台に東アジアの現代史を見つめ、国家とは何か問いかけた力作だ。同劇場代表の福島明夫さんに文章を寄せてもらった。

 この作品は、戦前の「満州国」を舞台に、日本人家族が巻き込まれた一つの事件を中心にしながら、日本が何を満州でやろうとしたのか、その虚像と実像を描き出そうとするものです。

 ジェームス三木さんとは、日本国憲法草案づくりに携わるGHQ民政局の人々を描いた『真珠の首飾り』(1998年)、日米の核密約を素材にした『悪魔のハレルヤ』(2004年)、韓国における創氏改名を素材にした『族譜』(2006年)と、日本の近現代史を描く舞台を作り出してきました。

 今回新作を依頼するにあたって三木さんと話しあったことは、昨年夏の政権交代以降の政治、社会の変化で何が起きるのか、例えば「友愛」とか「東アジア共同体」を掲げる政権が、これからどうなるのか、などです。その理念の行方などについて話して行くうちに、一つのテーマとして浮かび上がってきたのが「満州」でした。

 三木さん自身が満州に生まれ育っていることもありますが、幼児期に「国」と教えられたものが消滅していったという記憶は、三木さんの中に「国とは何か」という思いを醸成させていったように思います。特に「国」を守るはずの軍隊がいなくなり、幼い弟さんを連れながら必死に日本に逃げ帰ったという経験と、戦前に教えられた「満州国」の虚像との溝はそう簡単に埋まるものではなかったようです。

 今回の作業は『族譜』とは異なり、原作を脚色するということではなかったので、様々手がかりとなる資料に当たるところから始まりました。その中で気がついたのが、日本で出版されたり、言われたりしているものの大半が、二つに区分されるということです。一つは、ソ連軍の侵攻による略奪や暴行事件、その最中を逃げ回っての引き揚げ体験など、日本人の被害者としての記録です。満蒙開拓団にまつわる悲惨な実態やシベリア抑留なども大きく括れば、その流れに入るかと思います。

 もう一つは、「満州国」そのものあるいはその掲げた理想に対するある種の成功体験のようなものです。その多くは「アメリカ・ヨーロッパの侵略に対するアジアの自衛戦争であって、侵略戦争ではなかった」という論に立つものです。ただその中には侵略そのものは認めたとしても、そこで掲げた「五族協和」とか「王道楽土」とか言った理想、理念は正しかったというものがあります。当時の日本人満州国官僚の回想にもありますが、イギリスに対するアメリカのように、日本からも独立した理想国家として建設したのだ、というような論です。それを壊したのが内地の軍部であったとも言います。

 前者が民衆の記憶であったとすれば、後者は権力者側の記憶とも言えるのかもしれません。しかし、この二つの記憶の混在が、現在の日本人のイデオロギーを形成しているように思えてならないのです。恐怖体験は何によって生まれたのか、日本軍や日本人が、当時中国、朝鮮の人々に対して行ってきたことを抜きには考えられないはずですが、権力側の記憶にそれは書き留められていないのです。

 これからの東アジアを考える上では、もう一つの記憶、つまり当時五族と称された日本人以外の民族の記憶を明確にすることがどうしても大切です。そして、権力者側が記憶として残している「満州国」の理想の嘘、欺瞞を明らかにすることが必要だと思ったのです。この作品にあえて「あなたは誰を守ろうとしたのか」というキャッチコピーを付けました。「大切な人を守るために」ということで、人を傷つけること、武装して威嚇することは、実は誰も守れないということを、改めて噛み締めたいと思ったからです。

 高校授業料の無償化から朝鮮学校を外すという報道に触れて、ますますこの公演を成功させなければという想いに駆られているところです。


■『太陽と月』■
日程:4月16日~25日
場所:紀伊国屋ホール
    (東京・新宿)
料金:一般5000円
電話:03・3352・7200

■『太陽と月』あらすじ■
 1934年3月、南満州鉄道(満鉄)理事・山倉誠二郎の長女、早苗と婚約者の吉野の結婚式の打ち合わせが行われていた。その数日後、早苗の乗ったトラックが抗日農民に襲われ、行方がわからなくなる。それから2年9カ月後、あきらめかけた家族のもとに早苗が突然帰ってくる。しかし、すっかり別人のようになっていた。