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2010/06/18

<韓国文化>韓国映画の収集・復元進む

  • 韓国映画の収集・復元進む①

    もんま・たかし 1964年秋田県生まれ。明治学院大学准教授。韓国、中国、北朝鮮を中心とした東アジア映画を研究。著書に「アジア映画に見る日本」など。

  • 韓国映画の収集・復元進む②

    『英子の全盛時代』(1975年度作品)

  • 韓国映画の収集・復元進む③

    『ソナギ』(79年度作品)

 韓国では過去の映画作品の収集・復元・上映運動が盛んになっている。その現状について門間貴志・明治学院大学准教授に寄稿してもらった。

 奉職する大学から一年間の研究休暇を頂き、韓国に滞在することになった。韓国の古い映画を集中的に観るのもここでの研究活動の一つとなった。ソウルには韓国映像資料院という国立の機関があり、映画の上映はもちろん、収集、復元、保存、そして研究を行なっている。日本でいうフィルムセンターに相当する。ここに収蔵されている多くの韓国映画はビデオ化されており、誰でも専用のブースで閲覧することができる。だがせっかくなので併設のシネマテークで上映されるものをスクリーンで観ることにしている。ちょうど五月、六月は、収集と復元をテーマとしたプログラムが組まれていたので好都合だった。映画の修復というと、例えばサイレント時代とか戦前の映画を想像する人も多いかもしれないが、今回上映されたのは六〇年代から七〇年代にかけての比較的新しい作品である。

 当時の韓国には日本と違って大手の映画会社が存在せず、監督などを中心とした比較的小規模なプロダクションが中心となっていたこと。

 また、一般公開後のテレビ放映やビデオなどの2次使用の機会が少なかったことなど、さまざまな要因のためフィルムの保存にあまり熱心ではなかった。また長年倉庫に放置されてきたフィルムも保存状態が悪く、退色やキズで傷んでいた。映像資料院はそうした作品の修復事業を着々と進めている。

 もちろんもっと古い作品の修復にも取り組んでいる。五月の初旬、全州市で開かれた全州国際映画祭に行ったが、ここで映像資料院の提供で、鄭基澤(チョン・ギテク)監督の『さらば、上海』(1934)、日夏英太郎(許泳)監督の『君と僕』(1941)が上映された。前者は上海で活躍した朝鮮人監督の作品で、当時のトップスターを起用した中国映画であり、後者は日本統治時代に日本名で活動した許泳(ホ・ヨン)の日本での監督デビュー作である。

 いずれも韓国映画史では研究の対象になってこなかった映画である、フィルムの発見、修復により、今後は韓国映画史の空白を埋めていくことだろう。しかし前者は結末部分が未発見であり、後者は全体の数分の一しか残されていないのが残念である。

 ソウルに戻ると、シネマテーク通いが始まり、70年代の韓国映画を浴びるように観た。印象に残った作品について触れていこう。高栄男(コ・ヨンナム)監督の『ソナギ』(1979)は、美しい農村が舞台で、主人公の少年がソウルから転校してきた少女と淡い初恋を経験する物語である。田園や森に遊ぶ二人が夕立(ソナギ)を避け、積まれた藁の中で身を寄せる場面は詩情にあふれたものだった。

 鄭鎮宇(チョン・ジヌ)監督の『島カエル万歳』(1972)は、スポーツをテーマにした児童映画である。小さな離島の分校に赴任した情熱あふれる教員夫婦が、教育に無理解な大人たちと闘いながら、子供たちにバスケットボールを教える。子どもたちは教員夫婦を慕い、やがて全国少年スポーツ大会に出場するまでに成長する。決勝戦で敗北するものの、健闘ぶりに感心した大統領が少年たちを官邸に招待する。

 これは実話をもとにした作品で、当時のスポーツ振興という国策を反映した映画であろう。朴政権プロパガンダ映画とも言い切れない、魅力あふれる作品である。

 金鎬善(キム・ホソン)監督の『英子の全盛時代』(1975)は、この年の最高動員を記録したヒット作である。題名は知っていたのだが、ここで初めて観ることができた。

 工員の青年が社長宅の家政婦・英子に一目ぼれするが、ベトナム戦争に徴兵されてしまう。三年後に帰還した彼は、片腕の娼婦となった英子と再会する。彼はそんな彼女を更生させようと奮闘する。朴政権の末期の韓国社会の雰囲気をよく伝えている作品でもある。英子が働いてきた職場の労働環境は劣悪で、ついには事故で片腕を失ってしまうのである。それでも彼女は屈託なく笑い、たくましく生きていく。韓国の高度成長を支えたのはこうした市井の人々であったと思いを馳せてみる。

 当時の検閲で直接政府の批判をすることはできなかったが、辛辣な社会批判映画として観ることもできる。観客は主人公に容易に共感できたのだろうし、ヒットにもつながったと思われる。往年の名監督、李斗鏞(イ・ドヨン)は、70年代の半ばにはアクション映画を量産し人気を博していたが、今回は『龍虎対錬』『帰ってきた片脚』など、数本の作品を観ることができた。ブルース・リー映画の影響も見られるが、テコンドーの脚技を駆使し韓国らしさを盛り込もうとした努力のあとがうかがえて興味深い。

 ストーリーはどれも似通っており、1930~40年代の満洲で独立軍を助けながら日本人や中国人の悪の組織と闘うといったものである。東映の空手映画との比較研究がなされてもいいだろう。

 非常に貴重な場であるのだが、交通の便があまり良くないためか、観客の数が少なめなのが非常に残念である。次回は、朝鮮戦争をテーマとした映画が特集されるので、これも通ってみようと思う。