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2010/08/13

<韓国文化>韓国戦争・史実掘り起こし映画化

  • 韓国戦争・史実掘り起こし映画化①

    もんま・たかし 1964年秋田県生まれ。明治学院大学准教授。韓国、中国、北朝鮮を中心とした東アジア映画を研究。著書に「アジア映画に見る日本」など。

  • 韓国戦争・史実掘り起こし映画化②

                     『砲火の中へ』

  • 韓国戦争・史実掘り起こし映画化③

                     『軍番なき勇士』

 韓国映画の歴史と現状を勉強するため、韓国留学中の門間貴志・明治学院大学准教授に、最近話題の映画などについて寄稿してもらった。

 6月25日の韓国戦争開戦から60周年にあたり韓国戦争を描いた劇映画が2本公開された。イ・サンウ監督の『小さな池』とイ・ジェハン監督の『砲火の中へ』である。前者はすでに公開が終わったが、韓国のある村の住民が米軍によって虐殺された事件を、後者は浦項で人民軍と闘った71人の学徒兵たちを描いたもので、いずれもこれまであまり知られていなかった実話にもとづいている。この分野における史実の掘り起こしとその映画化は、今後もなされていくものと思われる。

 『砲火の中へ』は日本でもいずれ公開されるだろうが、71人の学徒兵が浦項で人民軍の進軍を阻止し、20万~30万人の市民が無事市外に退避するのを助けたという実話は初耳であった。戦闘場面はCGなどを駆使し、それは迫力のあるハリウッド映画のような画面に仕上がっている。しかし、私はあまり感心しなかった。戦場の悲惨さを表現する何か違った演出方法がなかったのだろうか。

 一方『小さな池』は小さな村の村人全員が主人公で、前半に繰り広げられる平和な情景はあたかも演劇を観るかのようだった。聞けば監督は演劇の演出家であった。後半、村人は地獄を味わう。彼らを極度の緊張から解きほぐしたのは北の人民軍兵士だった。それもまだ幼い少年兵。何というアイロニーだろう。6月の韓国映像資料院では韓国戦争をテーマとした映画の特集があり、新旧とりまぜ17作品が上映された。そのうちいくつかを観ることができた。

 李晩煕(イ・マニ)監督の『帰らざる海兵』(63) は、戦局を一転させた仁川上陸作戦に参加した韓国海兵隊所属の分隊の物語で、戦争映画の傑作と評価されている。冒頭の上陸戦の場面は『プライベート・ライアン』のそれを思わせるし、中国軍との戦いは『ブラザーフッド』や『独立愚連隊』を思わせる。しかし意外にも反共的なイデオロギー色は薄く、戦場の過酷さがリアルに描かれるのみである。主人公たちの分隊は雲霞のごとく押し寄せる中国兵と過酷な戦闘に突入し、最後に2人だけが生き残る。迫力のある銃撃戦場面は本物の銃器を使っているとしか思えない。聞くところによれば、実弾を使った撮影で人身事故も起こっており、何とも激しい撮影だったのだ。

 また同監督の『軍番なき勇士』(66)は、北南に分かれた家族の悲劇を描いている。人民軍保衛部の副官として英雄称号を受けて家に帰ってきたヨンフンは、家族との再会を喜ぶ。しかしヨンフンの兄ヨンホは、密かに反共遊撃隊隊長として活動しており、父もその活動を支援しているため、家族は困惑する。保衛部のマ部長はヨンフンの両親を逮捕し、ヨンホの潜伏先を知るために拷問をする。マ部長はヨンフンの忠誠を試すため父の銃殺刑の執行を命じる。良心の呵責に耐えかね人民軍を裏切ったヨンフンは遊撃隊との戦闘で被弾する。そして兄ヨンホと母に、父を殺した自分を許さないでくれと言って死んでいく。

 反共映画とされているのだが、具体的に共産主義の欠点を指摘してはいない。しかもヨンフンは極悪非道な人間なわけではなく、理想に生きる青年として描かれているのである。人民軍を裏切ったヨンフンが「僕は民主主義というものを知らないが、共産主義が間違いだと知った」といった台詞を言うのが国策的と言えば国策的である。李晩煕監督は前年に撮った『七人の女捕虜』で反共法違反の嫌疑を受けたことがある。『軍番なき勇士』はその後に撮られた。反共映画とひとくくりにするのは簡単だが、彼らしいヒューマニズムが盛り込まれた作品と見るべきなのだろう。

 朴商昊(パク・サンホ)監督の『非武装地帯』(65)は、休戦協定が成立しようとしていた53年初夏、親とはぐれて非武装地帯を彷徨う幼い少女ヨンアが、偶然出会った少年とともに南を目指す物語である。少年は人民軍の制服を着てMPのヘルメットをかぶり、腰に銃を下げている。2人は荒れ果てた畑でスイカを食べたり、朽ちた戦車から見つけた缶ビールで酔ってしまったり、さまざまな経験をしながら旅を続ける。やがて2人は「軍事分界線」という看板の立つ場所に出る。少女にはその意味が分からない。少年は人民軍工作員に殺されてしまい、ヨンアは一人で南を目指す。そして無数の地雷が敷かれている道をゆっくりと進み始める。戦争の悲劇を子供の視点から描いた見事な作品だった。

 中でも李康天(イ・ガンチョン)監督の『ピアゴル』(55)は異色作であった。国連軍との休戦締結後も、山岳部に潜み、北から見放されながらも絶望的な戦闘を続けたパルチザン部隊の崩壊を描いているが、やはり共産イデオロギー批判にとどまることなく、極限状況下の人間を描いている点が優れている。日本の連合赤軍を連想してしまった。しかし休戦からわずか2年後に撮られたことは実に驚くべきことだ。

 ほかにも50~60年代の作品を数本観ることができたが、この時代は反共映画という国策を高らかに謳うことを避け、非常に抑制の効いた極めて完成度の高い作品が多かったことを知る貴重な機会であった。ハリウッド風のアクション場面を盛り込み、人民軍の将校をいわくありげな人物として描く最近の大作映画よりも好感が持てた。韓国の若者はこれらの映画を観てどんな意見を持つのであろう。