ここから本文です

2010/09/10

<韓国文化>釜山・巨大都市が生み出す美術力

  • 釜山・巨大都市が生み出す美術力①

                     黒田 雷児さん

  • 釜山・巨大都市が生み出す美術力②

               アン・チャンホン「家族写真」1982年

  • 釜山・巨大都市が生み出す美術力③

               チェ・ジョンテ「沈黙の対話」1970年

 「韓国モダンアートの波―釜山市立美術館コレクション展」が9月18日から11月3日まで、福岡市の福岡アジア美術館で開かれる。1940年代から現在に至る韓国美術の変遷を、絵画・彫刻など釜山市立美術館のコレクション76点を通して紹介する企画だ。同館学芸員の黒田雷児さんに文章を寄せてもらった。

 同展は、すでに20年の歴史をもつ福岡市と釜山市の姉妹都市交流の一環として、また2008年に結ばれた両市の美術館の相互協力協定のなかで開催されるものである。この協定により、昨年には釜山市立美術館で福岡アジア美術館の所蔵品展を開催している。

 98年に開館した釜山市立美術館は、「釜山ビエンナーレ」のメイン会場になる大規模美術館であるが、そのコレクションは釜山を中心とする慶南(キョンナム)地域の美術に力を入れている。

 本展出品作品の選考では、45年の「解放」以後の韓国全体の美術史の流れとともに、釜山という都市の歴史を見せることも考慮した。その結果、日帝時代の貴重な現存作品である油彩画、朝鮮戦争時代に臨時首都となった頃の釜山の街を描いた作品、韓国現代美術の代表的な傾向である単色抽象絵画、80年代の「民衆美術」の釜山的展開である「形象美術」、そして最近の国際展やオールタナティブ・スペースで活動する若手による写真や映像作品まで、本展の76点の作品だけでも、ある程度韓国美術の半世紀以上の展開を概観できるようになっている。

 これまで日本では、日帝時代以後の油彩画、70年代以後の抽象絵画、前に本紙でも紹介した80年代の「民衆美術」、そして90年代以後のインスタレーションや映像作品など、テーマ別・時代別の韓国美術の紹介はあったものの、このような長期的かつ多様な韓国美術の「波」を同時にあびることのできる展覧会は意外にも初めてではないだろうか。

 たとえば釜山を代表するモダニストであるキム・ジョンシクが、解放後に日本から釜山に戻り影島橋に身をよせる人々を描いた47年の作品や、チャガルチ市場を描いた53年の作品には、苦難の時代を生き抜く庶民の生活力への敬意と愛情がこめられているし、チェ・ジョンテが描いた何の変哲もない木箱には、ベトナム戦争に従軍した韓国人兵士から故郷の両親への贈り物が入っているというように、時代を刻印した作品がある。韓国写真の巨匠チェ・ミンシクは、50年代から近年までの何気ない都市のディテールから、時代の深層をえぐりだす。

 軍事独裁政権から民主化への劇的な転換があった80~90年代の「形象美術」では、ソウルや光州(クァンジュ)の「民衆美術」のように直接に政治闘争が描かれることはなかったが、都市住民の生活苦(ソン・ジュソプ)、政治闘争の犠牲者(ベ・ドンファン)、巨大化する都市文化のなかで空虚化した人間存在(アン・チャンホン、イ・テホ、イ・ヘジュら)が象徴的に表現される。

 この「形象美術」の姿勢は現在も若い世代に継承されており、しばしば女性の視点で現代人の悲哀をユーモラスに描くパン・ジョンアの作品は特に魅力的だ。その一方、デジタル技術を駆使した若手の作品には、地域的・時代的特性どころか国籍さえもわからない奔放な想像力が目立ってくる。

 また、韓国のお家芸といえる抽象絵画でも、パク・ソボやキム・テホの堂々たる「単色絵画」以外にも、幾何学的抽象、糸や煙の煤など極度に繊細な技法・素材の絵画など多様な傾向が紹介されるのも、これまでの日本における韓国美術観を修正するのに役立つだろう。

 ではこの流れのなかで、釜山の美術はどのような地方的な特性があったのだろうか。韓国では今や地方都市にも美術館が増え、美術家の自主運営組織も全国に拡大しているが、日本における東京よりもさらに首都ソウルへの一極集中の度合いの高い韓国で、はたして地方の独自の美術というのはどのように展開してきたのか。

 かつて釜山作家・キュレーターにこのような質問をしてみると、光州や大邱(テグ)と比べると釜山の美術は「特徴がないのが特徴」だという人もいるし、「形象美術」の影響による具象絵画をあげる人や、また港湾都市という性格を反映して、自ら何かを生み出すのではなく既存の理念や情報の再加工に釜山的特性があるという人もいる。

 私の印象はというと、暗欝な時代を描いた油彩画から、現在の釜山を映した写真やビデオ作品に至るまで、個々の作家の強烈な個性や明快なコンセプトから生まれたというよりも、釜山という巨大都市の自己運動が生み出す美術というものである。釜山ビエンナーレはもちろん、地元作家による公共空間でのプロジェクト、作家の滞在制作施設、出版などの活動も、今や日本を上回る韓国の文化予算のみならず、この都市のダイナミックな活力があってこそ可能なのなのだ。

 韓国のみならずアジア全域がグローバル化の波に浸食されたかに見える現在、伝統文化や風土性からくる地方色ではなく、都市の成長過程そのものが生み出す文化の独自性というものを見出す視点を、本展が提供してくれるだろう。


■韓国モダンアートの波■

日時:9月18日~11月3日
場所:福岡アジア美術館
   (福岡県福岡市博多区)
料金:一般500円、高大生300円
電話:092・263・1100