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2011/07/08

<韓国文化>自然の情景を捉えた名品

  • 自然の情景を捉えた名品①

            花卉草虫図(朝鮮時代 16世紀 高麗美術館蔵)

  • 自然の情景を捉えた名品②

           青花草花文壺(朝鮮時代 18世紀 高麗美術館蔵)

 特別企画展「花卉草蟲(かきそうちゅう)―花と虫で綴る朝鮮美術展」が、京都市の高麗美術館で7月16日から8月28日まで開催される。身近なモチーフである花や虫に焦点を当て、絵画を中心に陶磁器や硯、螺鈿漆器などの名品を選んで紹介する。片山真理子・同館研究所研究員に文章を寄せてもらった。

 時代や国境を超え、今日日本に存在する朝鮮の美術工芸。日本において朝鮮美術の専門館である高麗美術館ならではの展示であり、館蔵名品と併せて、美術館・博物館、個人所蔵家よりの出品協力も得られた。

 所蔵する「花卉草虫図」(双幅)は朝鮮時代(十六世紀)絵画の傑作であり、黄蜀葵(とろろあおい)や芍薬(しゃくやく)などを中心に、鶏頭(けいとう)や鳳仙花(ほうせんか)・菊・撫子(なでしこ)などが寄り添い、前方に蘭や露草・菜花が配され、その周辺に飛びかう蝶・虻(あぶ)・蜻蛉(とんぼ)、蜥蜴(とかげ)などの昆虫や小動物が連なる。

 毘陵(びりょう/中国江蘇省・常州)出身という明代の画家・呂敬甫などが生みだした「毘陵草虫図」を忠実に摸写したのが、当館所蔵の「花卉草虫図」であるといってよいものだ。

 双幅ともに「左副承旨臣沈摸」の落款があり、左副承旨(王命を司る承政院の官吏)沈の摸作であることが確かめられるばかりでなく、「毘陵草虫図」が朝鮮に伝わっていたことを明確に物語っている。日本では桃山絵画の巨匠・長谷川等伯(1539~1610年)が本図に構図が似通った芍薬の図に蝶が舞う絵を描いていたり、江戸時代には幕府のお抱え絵師だった狩野探幽(1602~1674年)がこれらの舶載草虫図を作画の参考にするため、手控帖「探幽縮図」に写し取ったりもしている。これまで参考にした舶来絵画は中国絵画と見られがちだったが、本作例により中国絵画と見なされた指向や、日本に近接する朝鮮というルートも確かに存在したことを考え直す機会にもなることだろう。

 高麗美術館の所蔵品はすべて日本国内で、収集された来歴を持ち、また出品作品はすべて日本に伝わっていたものばかりである。日本は古来、舶来美術を大切に扱い、自国文化の一部として守り抜いてきた歴史も持っている。そうした日本の伝統文化のあり方は、言うまでもなく、異国文化との関わりによって構築されたものだ。

 朝鮮時代の絵画は、はじめのころは中国絵画の伝統に学び、臨摸することでその精神性に迫った。その後、次第に、その深遠な構成や表面的な装飾性を削ぎ落とし、朝鮮独自の境地を追求するように展開していく。そうした東アジアの伝統的な思想、哲学に裏打ちされた朝鮮時代の草虫図の有り様を迫るとともに、日本画家・伊藤若冲の升目描(ますめがき)との関わりが注目される紙織画(ししょくが)や、テレビドラマでもお馴染の第22代朝鮮国王・正祖イサン(李祘1752~1800年)が自ら筆を執った墨の葡萄図、焼鏝(やきこて)を巧みに動かして紙面を焦がす烙画(らくが)など、数々の魅力あふれる朝鮮絵画の世界を紹介する。

 隣国の偉大な先人達が遺していった作品と、その価値を大いに尊重し、自国文化に取り入れてきたという日本の歴史に学ぶ機会として、「花卉草蟲」という身近なジャンルに焦点を当てた。花卉とは花と草を意味し、草虫とは草むらにいる虫、主に秋の虫を指す言葉である。朝鮮時代という時空に花開いた美の萌芽を確認し、その身近な美点を感じていただければ、幸いだ。

 また、韓国国立中央博物館の支援により、展覧図録を制作中だ。日本・韓国の美術史研究者よりの草虫図に関する最新の論考が所載され、その他図版ページは64㌻に及ぶ。使用言語は韓国語・日本語を主に、中国語・英語も付した。展示と併せてご覧いただきたい。


■花卉草蟲―花と虫で綴る朝鮮美術展■
日時:7月16日~8月28日
場所:高麗美術館(京都市)
料金:一般800円、大高生500円ほか
電話:075・491・1192