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2012/02/03

<韓国文化>アジア最大の劇場街・大学路(テハンノ)

  • アジア最大の劇場街・大学路①

    大学路・マロニエ公園でパフォーマンスを行う若者たち

  • アジア最大の劇場街・大学路②
  • アジア最大の劇場街・大学路③

    (右から)林英雄・劇団サヌリム代表、金成魯・韓国演劇演出家協会会長、朴章烈・ソウル演劇協会会長、鄭大経・韓国小劇場協会会長

  • アジア最大の劇場街・大学路④

                     鬼頭 典子さん

 ソウルの大学路は、多くの小劇場が集うアジア最大の劇場街で、連日多様な演劇が上演されている。大学路を中心とした韓国の演劇について語るシンポジウム「韓国の演劇事情・演劇教育」がこのほど都内で開かれ、4人の韓国演劇人が報告した。その内容を要約・紹介する。

 現在、大学路には正式登録の劇場約150、非登録約50の約200の小劇場がある。そのうち公共の劇場は25カ所。300席未満が120カ所だ。これだけ劇場が集まった地域は世界的にも珍しい。韓国政府は大学路を文化スペシャルエリアと呼んで、この地の文化活動を保護してきた。韓国演劇のメッカとして大きな成果を挙げてきたが、あまりにも肥大化したため、劇場賃貸料が値上がりした。そのため芝居の制作費が上がり、観客動員のできる商業的な作品やミュージカルが増えた。その一方で、商業性と一線を画した純粋演劇を追求する若者たちも出てきている。大学路の小劇場、そして演劇も、改革と淘汰の時代が始まっている。

 韓国の演劇史を振り返ると、植民地時代は日本語で演劇を行わなければならなかった。そのため日本の新劇などの影響を多く受けた。戦後は西洋演劇が入ってきた。また一方では、伝統芸能のマダンノリ(野外劇)、パンソリ(唱劇)なども受け継がれてきた。

 60年代までは演劇科が存在するのは4大学校ぐらいだった。国や自治体が運営する劇場も35ほどだった。その後、俳優が職業として成立するに従って演劇を学ぶ若者が増え、現在では演劇科のある大学校は120になった。人気のある大学校だと競争率が数十倍にもなる。毎年卒業する学生が2000人以上いる。最近はスターを目指す若者が増えて、商業演劇、ミュージカルや音楽業界に進む若者が増えた。テレビ局や映画界を目指す若者も増えた。しかし希望の職種に就けるのは1割弱だろう。卒業後、自分たちで劇団を作って演劇活動を行う若者も多く、ソウルだけで200以上の小劇団が存在する。その人たちは大学路を中心に公演活動を行う。だから大学路は活発なのだ。

 演劇人は経済的にはとても厳しい。5年ほど前に俳優の年収を調査したことがあるが、平均して年収200万ウォン(約15万円)ほどにしかならない。残念ながら演劇は対価を稼げる職業ではない。

 韓国の演劇教育の課題は、共通性を持ったメソッド(方法・方式)がないことだ。ロシアのスタニスラフスキー・システムは日本経由で入ったし、欧米に留学した学生が欧米の演劇システムを伝えたりしたが、韓国独自の総合教育システムはない。そのため各大学の指導者によってスタイルが違い、大学卒業後は入団した劇団のスタイルを学ぶという形式が続いてきた。一方で、韓国の伝統芸能と西洋の現代劇を融合させた、新たな演劇形式を追求している人たちもいる。韓国独自の統合教育システムを作る必要があるのではないかと、韓国演劇界で討論している最中だ。

 裾野を広げる試みとしては、美術や音楽の授業のように演劇を取り入れた小中高が増えている。各地の演劇祭で障害者などを招待し、演劇に親しんでもらう機会も増えつつある。国が主催する文化行事にも民間の演劇人を積極的に登用しており、これらの活動は演劇人を育てると同時に、観客を育てることにつながるだろう。徴兵制があるため、演劇を志す若者が中断せざるを得ない状況もあるが、入隊後、軍隊が主催するテレビ放送などで才能を発揮する若者も登場している。

 さまざまな課題を抱えつつも、韓国演劇界は新たな挑戦を続けている。


■大学路とは

 大学路は、ソウル市鍾路区の、恵化駅近くにある全長約2㌔の道路およびその周囲の地区の名称である。韓国一の名門ソウル大学校文理学部がここにあったことから、「大学路」と呼ばれるようになり、過去、数多くの文筆家や芸術家がここから生まれている。1975年に文理学部は移転したが、演劇人や芸術家は変わらず大学路に集まり、小劇場や各種の芸術空間が数多く集まる芸術の街として、今日に至っている。現在は小劇場はじめ、美術館、文化施設、カフェ、レストランなどが点在する人気スポットとなっている。


◆エネルギーに満ちあふれる街 鬼頭典子さん(40、女優、文学座所属)◆

 文化庁の新進芸術家海外研修員に選ばれて、2010年12月から2011年12月までの一年間韓国留学して、高麗大学と国立劇団などで、韓国語や伝統芸能、演劇を学んだ。韓国の俳優は体全体を使って表現するので、とてもインパクトが強い。韓国伝統楽器や伝統芸能を学び、それらを現代劇に生かす若者が多いことも印象的だった。

 大学路をはじめ劇場公演にも通い続け、100本近く観劇した。大学路の魅力はやはり劇場の多さだろう。劇場は休むことなくオープンし、開演前には役者によるアトラクションなどがあり、観客を喜ばせる工夫を重ねている。観客のノリも日本よりいい。小劇場でのロングラン・ミュージカルなどは日本では考えられず、街全体がエネルギーに満ちあふれている。

 最近は韓国でも日本の戯曲を上演する機会が増え、日本の若者の姿が伝わりつつある。一方、日本で上演される韓国の演劇はどうしても歴史、社会問題が多い。大学路で上演されているような、韓国の若者のリアルな感覚が伝わる現代演劇が、日本でもっと上演されてほしい。私も韓国留学で学んだ経験を生かして、日韓交流に貢献したい。