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2012/02/10

<韓国文化>理想の社会、人のつながりとは

  • 理想の社会、人のつながりとは①

    イ・ブル 1964年韓国生まれ。87年弘益大学校美術大学彫刻科卒。欧米・アジアを中心に個展・グループ展多数開催。現在ソウル市在住。

  • 理想の社会、人のつながりとは②

    音と映像、聴覚と視覚の分断を、スポーツカーやカプセルのような閉じられた空間で表現したカラオケ・ポッドのシリーズ「リヴ・フォーエヴァー」

  • 理想の社会、人のつながりとは③

    身体の限界、人間の苦悩を怪奇な触手で表現した「モンスター」。左が「モンスター・ピンク」、右が「モンスター・ブラック」

 韓国を代表する現代アーティストで世界的に活躍するイ・ブルの初の大規模個展「私からあなたへ、私たちだけに」が、東京・六本木の森美術館で始まった。人間と社会の深遠を見つめたイ・ブルの20年間の足跡を一望できる。

 イ・ブルは、87年の民主化宣言を経て韓国が急速な近代化や経済発展を遂げて行く過程で、アーティストとしてのキャリアを構築した。植民地時代、南北分断、クーデター、革命など韓国の政治史や社会史を踏まえつつ、人類史上人々が希求した理想の社会、ユートピアの普遍的な価値を模索し、そこに彼女自身の個人史を重ね合わせることで創出された独自の世界観を創りだしている。

 彼女の作品は、世界の終わりを描いた映画に登場する、機械と人間が融合したようなサイボーグ、スペース・カプセルのようなカラオケ・ポッド、あるいはキラキラと輝きながらも崩壊しそうな建築・都市模型など、多様な素材や技法を駆使した立体が中心である。 第1セクション「つかの間の存在」は、装飾された生魚」が徐々に腐敗するプロセスを見せた「壮麗な輝き」など80年代末の初期作品から90年代にかけての作品を展示している。不安定な社会、未来の不確実性など目に見えない何物かに形を与えようとする試みだ。

 第2セクションは「人間を超えて」。遠くギリシャ時代にすでに見られた究極の身体や永遠の生命を求める人間の欲望、テクノロジーや生命科学の発達が、その可能性を飛躍的に拡大させた。イ・ブルは身体のモチーフを通してこれらの概念を追求した。独り用のカラオケ・ポッドのシリーズや代表作「サイボーグ」シリーズが登場する。

 第3セクションの「ユートピアと幻想」は、20世紀のユートピア論や韓国の近現代史に言及している。それまでの身体のスケールから、都市や建築を思わせるより大きなスケールへと拡大した作品だ。

 北朝鮮と中国国境沿いにある白頭山の頂上にある「天池」をタイトルにした「天と池」は、韓国が分断国家であることを意識させる。

 そして展覧会のサブタイトルでもある「私からあなたへ、私たちだけに」は、広く社会に訴えるメッセージでありながら、それを政治的、プロパガンダ的な方法ではなく、むしろ政治的、社会的な変革の波に翻弄される個人の感情、パーソナルな関係性を重視する彼女の姿勢を表している。

 新作「秘密を共有するもの」は、イ・ブルが17年間を共に過ごした犬へのオマージュである。「イ・ブルが犬と過ごした時間、記憶のすべてが嘔吐物となってあふれ出す表現を通して、自身のすべてを吐き出して私たちと共有する彼女の姿勢が読み取れる」と、片岡真実・森美術館チーフキュレーターは説明する。

 イ・ブルは「私はいつも恐怖を感じていた。以前は非常に野心的だったが、いまはそうではない。作品の意図をどう感じるかは、観客にゆだねたい」と話す。


■イ・ブル展■
日程:開催中(5月27日まで)
場所:森美術館(東京・六本木)
料金:一般1500円、学生1000円
電話:03・5777・8600
 *3月20日午後2時より
  同館で作家トークあり