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2013/03/29

<韓国文化>孤高の在日画家・呉炳学画伯、コリアンのリズム感表現

  • 孤高の在日画家・呉炳学画伯、コリアンのリズム感表現①

    呉炳学画伯のアトリエ

  • 孤高の在日画家・呉炳学画伯、コリアンのリズム感表現②

    呉画伯㊨と山川修平さん

    オ・ビョンハク 1924年平安南道生まれ。42年渡日。48年東京芸大中退。68年から各地で個展。90年に初めて渡欧(フランス、スペイン)。01年「呉炳学画集」発刊。06年にソウルで個展。今年2月伝記「白磁の画家」発刊。

 卒寿を迎えた孤高の在日画家、呉炳学(オ・ビョンハク)画伯。90歳になろうとする今も毎日、絵筆を握り創作に励んでいる。画風は静と動、コリアンのリズム感を表現したものが多く、優しい質感が滲み出ている。そんな呉画伯の伝記「白磁の画家」が最近出版されたのを機会にアトリエを訪ねて創作の原動力、美意識、絵画論などを聞いた。

 呉画伯の卒寿と出版を祝う会で、米サミュエル・ウルマン賞を受賞した宮細工の田子和則氏がウルマンの「青春の詩」の一節を朗読した。

 呉画伯は「サミュエル・ウルマンは『青春とは精神の若さだ』といったが、今の私にぴったりだ」と語り始めた。

 「毎日最低5~6時間描いている。精神的に集中しているから神経は疲れるが体は疲れない。精神状態は20代と同じ。でないとぼけた絵しか描けない。今、描きかけの絵を壁にかけて、どう仕上げるか毎日にらんでいる。うまくいくときは2~3日で完成するが、たいてい1カ月はかかる。長くなると何年も、ものになるまで粘る」

 画歴は80年以上になるが、創作手法にも独特のものがある。

 「霊感を受けて描く。感動しないものは描けない。感動するものに出会うことが大事で、感動なしに描くとすれば、それは死んだも同然だ」

 「人物像でいえば個性のはっきりしたものがいい。一番描いてみたいのはグルジア出身のバレリーナ、ニーナ・アナニアシヴィリ。美女で頭が良くて踊りがうまい天才だ。私の憧れの女性で、私の美意識そのものだ」

 「一番力を入れているのは、仮面と静物と裸婦。仮面そのものは漫画だが、それを生き物しないと意味がない。力があれば何でも描けるものだ。私は、自分が感動すれば何でも描ける自信はある。人物像を描く際は、その顔をにらむ。その個性は何か、ハートと頭脳にぐっとくるものがあるかと探す」

 「ギリシャ・ローマ時代は、人間の体を最高のものとして対象にしていた。地球上の生物の中で完璧なのは人体であり、画家が力をつけるには裸婦が一番だ。目に見えるのは皮膚だが、皮膚の下には筋肉があり、筋肉の下に骨格がある。描くのは皮膚なのだから、力のない画家が描くと人形みたいになる。ところが、力のある画家が描くと筋肉と骨格の感じがちゃんと出る」

 呉画伯が唯一、師と仰ぐのはフランス印象派の巨匠、セザンヌ。

 「ものの存在は重力の関係で下に引っ張られ、地球の中心に向かっている。仮面でも焼き物でも重心がしっかりしてないと本当の存在感、安定感がでない。セザンヌの絵は安定感がある。近代絵画の創始者であり、彼の存在があったからこそマチス、ピカソと続いた。構成力、色彩のハーモニー、タッチ、質感、重量感、奥行きの深さ、全体の深み、とすべてを備えている。ゆえにセザンヌに傾倒している」

 「1990年から欧州を何度も訪れ、セザンヌの絵を徹底的にみた。オルセー美術館に印象派の部屋があるが、毎日見に行き、彼の絵は隅々まで知り尽くしたと思っている。サッカーではゴールまでボールをどうつなぐかが大事だが、絵画では画面に切れ目がなく、強弱のリズムでハーモニーを絶対乱さないようにすることが必要だ。何年も訓練もして磨いていき、体感として自分のものにしなければならない」

 いい作品を見る鑑識眼には自信があるという。

 「京都の展示会で私の自信作『とっくり』の絵の前で1時間ほど動かない人がいた。いい絵は見る人をひきつけるというが、フィレンツェでミケランジェロの実物大のレプリカ(複製)を見てもぴんとこなかった。ところが、美術館に入って本物を見ると、ぴりりと来た。不思議だ」

 精神的に鈍らない秘訣は。

 「執念ですね。自分の美意識に見合うものをどうやって作るのか、目標に向かって後退しない、絶対に追求の手を緩めない意志力。私の場合、それが執念になっている。若いころに国を飛び出して、現在までいろいろのことがあったが、その執念はいまだ衰えていない。95歳までは絶対生きる。これから1年1年が勝負だ。長生きするためにも努力が必要で、日々歩いている。いま小さい裸婦像を描いているが、実物大で描き集大成としたい」