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2013/06/21

<韓国文化>自らに罰を与えて魂を救済

  • 門間貴志・明治学院大学准教授

    もんま・たかし 1964年秋田県生まれ。明治学院大学准教授。韓国・中国・北朝鮮を中心とした東アジア映画を研究。著書に「アジア映画に見る日本」(社会評論社)など。

  • 自らに罰を与えて魂を救済

    借金取りの男とその母を名乗る女性のドラマが展開される『嘆きのピエタ』

 韓国の鬼才、金基徳監督の『嘆きのピエタ』が公開中だ。第69回ベネチア映画祭で金獅子賞に輝いた話題作である。門間貴志・明治学院大学准教授に、同映画について文章を寄せてもらった。

◆心の傷、さびれた町工場で象徴 門間 貴志(明治学院大学准教授)◆

 20世紀末のある冬のこと、ソウルで開かれた「アジア映画祭」へ赴いた。その直前、金大中大統領は日本大衆文化の開放を発表していた。これは解放以後ずっと禁じられてきた日本映画が上映可能になったことを意味した。

 第1次開放では世界4大映画祭でグランプリ、および準グランプリをとった作品に限って公開が許された。その4大映画祭とはカンヌ、ベネチア、ベルリン、そして米アカデミー賞だった。この「アジア映画祭」では、期せずしてこの4大映画祭で受賞した日本、中国、台湾の映画が上映されることになっていた。しかし当時の韓国にはそれに該当する受賞作はまだなく、それに近いレベルの作品が主催者側によって選定されていた。韓国の映画ファンは少し寂しい思いを抱いていたことだろう。

 やがて韓国からも国外で高い評価を受ける作品が登場し始め、国際映画祭で受賞の機会も増えていった。こうした新しい潮流は「韓国映画ルネサンス」などと呼ばれたが、その中に金基徳監督がいた。『うつせみ』はベネチア映画祭(2004)で銀獅子賞(監督賞)を、『サマリア』はベルリン映画祭(2004)で銀熊賞(監督賞)を受賞した。そして最新作の『嘆きのピエタ』は、ベネチア映画祭(2012)でついに金獅子賞(最高賞)を獲得する栄誉を得た。

 『嘆きのピエタ』は、天涯孤独に生きてきた借金取り立て人の男が、突如目の前に現われて母親だと名乗る女に翻弄されていく物語である。

 この映画は冒頭からして禍々しい。さびれた町工場の密集する一角。男は一軒の工場を訪ね、借金の返済を迫る。返済額は利子で十倍以上に膨れ上がっている。男は平然と工場主の手を工作機械に突っ込ませ重傷を負わせる。手にかけられた保険金が返済に充てられるというわけである。彼がずっと同じやり方で金を回収してきたことが示唆される導入場面である。そのおぞましさとは裏腹に、少し懐かしい気分になったのは、この工場街がソウルの清渓川界隈に似ていたからである。たぶん清渓川付近で撮られたのだろう。

 1971年、ソウル市を流れていた清渓川の上には高速道路が走る高架が建てられ、川は埋められて暗渠となった。朝鮮戦争以後、避難民によって形成されたスラムを撤去するためであったという。両側には小さな問屋や小売店、そして町工場がところ狭しと建っていた。80年代半ばに初めて足を踏み入れた私は、商品の積まれた問屋や古道具屋、古本屋の店先を好奇心に駆られてのぞいてまわったものだった。

 李明博・前大統領が市長だった頃、彼の肝煎りで高速道路は撤去され、人工的ではあるが清渓川の流れが復活した。ちなみに李滄東(イ・チャンドン)監督がこの撤去直前の高速道路の上で一場面を撮影した映画『オアシス』もベネチア映画祭(2002)で銀獅子賞を受賞した。

 『嘆きのピエタ』は昔の清渓川界隈を思わせる風景を切り取って見せる。今でもソウルの鍾路の裏路地には小さな町工場はひしめく。ほとんどは一人から数人で操業する小さな作業場といった風情で、アクリル板や金属部品の加工をしているさまが見える。しかし以前に比べればその数は激減した。債務者を身体障害者にして負債を回収する冷酷な主人公の姿は荒涼とした路地に似合う。
 
 金基徳監督の作品には、自らの肉体を傷つけるというモチーフが多く見受けられる。苦痛を与えることによって自分に罰を与え、魂の救済を求めているかのようだ。さびれた工場街はそうした傷とも重なって見える。

 主人公は、母だと名乗る見知らぬ女が30年の不在を埋めるかのように世話を焼く姿に困惑する。やがて男の心に変化が起こる。子供のために手の切断を頼む負債者から親の気持ちを教えられた男は、女を自分の母だと信じ始める。

 幸福とそれを失う恐怖を知った男は、初めて未来への不安を感じ始める。やがて真実を知った彼は自らに罰を与えることで魂の救済を得る。金基徳節は健在である。