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2014/06/06

<韓国文化>渡来文化を積極受容した葛城氏

  • 渡来文化を積極受容した葛城氏①

    室宮山古墳出土の陶質土器片

  • 渡来文化を積極受容した葛城氏②

    葛城最大の前方後円墳・室宮山古墳 (撮影:梅原章一)

 開館20周年記念特別展「ヤマト王権と葛城氏―考古学からみた古代氏族の盛衰―」が、大阪府立近つ飛鳥博物館で開かれている。古代、奈良盆地を拠点とした大豪族・葛城氏についての特別展で、韓半島との関連も展示されている。森本徹・同博物館副館長兼学芸課長に文章を寄せてもらった。

◆独自ルートで半島文化導入 森本 徹(大阪府立近つ飛鳥博物館副館長兼学芸課長)◆

 5世紀の初めころ、南葛城の地に全長240㍍を測る葛城地域最大の前方後円墳、室宮山(むろみややま)古墳が突如出現する。4世紀代の葛城地域の大型古墳が主に北部の馬見丘陵を中心に営まれ、南葛城には大型古墳の存在が知られていないことを考えると、室宮山古墳築造の段階に、葛城の政治勢力の中心が南葛城に移動したことが推測される。

 南葛城の地に葛城氏の本拠地が形成されるようになる背景についてはよくわかっていない。

 近年の大規模な発掘調査により確認された中西遺跡の広大な弥生水田や、秋津遺跡の古墳時代前期に営まれた大型方形区画施設、四面の三角縁神獣鏡が副葬されていた鴨都波(かもつば)1号墳の存在が示唆するように、弥生時代以来の伝統的な勢力の伸長による可能性も想定される。


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