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2015/02/20

<韓国文化>在日を明らかにして活躍

  • 門間 貴志(明治学院大学准教授)

    もんま・たかし 1964年秋田県生まれ。明治学院大学准教授。韓国・中国・北朝鮮を中心とした東アジア映画を研究。著書に「アジア映画に見る日本」(社会評論社)など。

  • 在日を明らかにして活躍

    ジョニー大倉の地元、神奈川県川崎市のタワーレコードでは追悼パネル展が開かれている(3月1日まで)

 ロック歌手で俳優のジョニー大倉さん(62、韓国名・朴雲煥)が昨年11月19日、肺炎のため亡くなった。日本のロックシーンに大きな足跡を残すと同時に、自らの出自が在日であることを公言して、在日社会にも強い影響を与えた人物だった。門間貴志・明治学院大学准教授に、文章を寄せてもらった。

◆俳優としても強い印象残す 門間 貴志(明治学院大学准教授)◆

 70年代初め、日本語でのロックは可能かという議論があった。日本語はロックのリズムには乗らないとする否定派は英語で歌い、日本語ロックは可能だとする肯定派は果敢に挑んだ。ロックバンド〈はっぴいえんど〉は日本語ロックの開拓者として今なお聴かれ続けている。

 しかし〈キャロル〉もまた日本語のロックに一つの方法論を提示したバンドだった。彼らは日本語と英語を混ぜて歌った。ヒット曲『ファンキー・モンキー・ベイビー』は、英語と日本語の歌詞がとても自然にリズムと結びついている。

 今のJポップでは当たり前の手法だが、当時は画期的だった。この歌を作ったのが昨年亡くなったジョニー大倉である。

 大倉が矢沢永吉と結成したキャロルは、ミッキー・カーチスのプロデュースでデビュー。大倉は作詞も担当した。解散に際し、彼らの手記をまとめた本『暴力青春』が出版されたが、この中で大倉は、「僕は祖国の地を踏んだことのない在日韓国人だ」と記した。幼くして父と死別をした彼は太宰治などを愛読する早熟な文学少年でもあった。彼の文章にはその片鱗がうかがえる。


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