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2016/01/08

<韓国文化>韓日中が協力して「万葉集」研究を

  • 韓日中が協力して「万葉集」研究を①

    チェ・グァンジュン 1956年韓国生まれ。清州大学校日本文学科卒業後、来日して筑波大学を経て日本大学で万葉集を専攻。帰国後、新羅大学校教授に就任。韓国の万葉集研究の第一人者。

  • 韓日中が協力して「万葉集」研究を②

    元暦稿本万葉集

 日本の万葉集研究に長年取り組んできた崔光準・新羅大学校国際学部教授がこのほど、万葉集の韓国語全訳を完成させた。崔教授に「『万葉集』と古代東アジアについて寄稿をお願いした。

◆『万葉集』と古代東アジア 崔 光準(新羅大学校国際学部教授)◆

 日本の古代文化は古代韓国と中国の影響で作られたと思われる。特に、7世紀の百済が新羅と唐の連合軍により滅亡し、数多くの移民が日本の大和の方へ渡ってきて日本古代文化形成に至大な影響を与えている。このようなことは歴史的立場からでも認められている。もちろん紀元前より韓半島の影響があったことも地理的な関係から始まったとも言える。

 日本の古代記録である『古事記』と『日本書紀』の記録を見ると応仁天皇条に渡来した百済の王仁博士の記録が見える。記録によると、千字文と論語を持って渡来した記されている。この記録は韓国の古記録である三国史記にもみられ、百済から王仁が渡来したのは確実であることを証明している。

 百済の直支王に百済の中で一番優れた学者を推薦し派遣するよう要請し、応神16年王仁博士が渡来した。さらに王仁の人柄などが詳しく記録されている。

 日本の古代の文化が始まるきっかけになった漢字の伝来は日本の歴史の中でも最も重要であったはずである。漢字の伝来から知的文化が始まり『万葉集』までつながるようになったと思われる。

 百済と日本の古代朝廷の関係は王仁の記録以外にも多く見られる。特に百済の滅亡による多くの難民の渡来の記録さらに渡来人たちに対しての大和朝廷の措置、渡来人との交流に関する記録などは『日本書紀』の中で詳しく記録されている。

 古代韓国と日本との記録として一番詳しいものに斎明天皇の時代の記録がある。この時は百済と日本の関係が一番親密であった。


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