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2002/11/22

<随筆>◇朴淵の滝◇ 新・韓国日商岩井 大西憲一理事

 北朝鮮が変化している。2000年6月の南北首脳会談で一気に盛り上がった南北関係だが、その後は期待通りの進展が見えず、膠着状態が続いていた。ところが最近の動きには以前にはなかった手応えを感じる。小泉首相訪朝の結果は衝撃的であった。これから解決すべき問題はまだまだ多いが、日朝、そして南北関係の正常化が加速することを希望してやまない。

 釜山で開催されたアジア大会に、北朝鮮は300人以上の選手団を派遣したが、選手は随所に大活躍、運動能力の高い北朝鮮の底力を見せつけた。特に、女子マラソンでのぶっちぎりの優勝は、マラソン王国日本も脱帽である。選手以上に人気を集めたのは、約300人の応援団だ。ほとんどがうら若き女性で、まるで人形のような美しさと可憐さに、韓国の男性はため息を漏らしながら、競技を忘れてカメラを向けていた。あらためて「南男北女」を認識したようだ。ただ、必死になって声をかけても型どおりの返事しか返って来ず、片思いに胸を焦がした韓国男性も多いと聞く。

 私が以前、高麗の都である開城を訪問した時も、変化の兆候のようなものを感じたものだ。開城は板門店とは目と鼻の先にて、韓国の大河ドラマで大人気を博した「太祖王建」が建国した都である。やや古めかしい開城の街を抜けて、中心部から約26キロ山里に入った

 「朴淵の滝(パギョンポッポ)」を見学に行った。ここは古くから朝鮮3大滝の一つとして有名で、滝の上に「朴淵」と呼ばれる美しい池があり、滝つぼの水ぎわには大きな「竜岩」が水上に頭を突き出している。

 この岩には、李朝中頃の名妓として名高い黄真伊が、滝の絶景に魅せられて詠った詩が彫られている。大岩に残された佳人の筆跡を目の当りにして、暫し、いにしえの風流に浸ったものだ。

 開城見学の女性案内員(ガイド)が実に愉快であった。チマチョゴリに身を包んだ中年美人の彼女は、バス道中、開城の歴史などを説明してくれたが、太祖王建のくだりでは乗客の爆笑を誘った。英雄色を好むの例えどおり、王建はその道でも各地で活躍したようだが、開城では、とある貧しい家の女性と愛し合うようになり、その愛の結晶が王建の世継ぎになったとのこと。

 歴史の本で調べると、王建の2代目は「惠宗王」にて、その母親、つまり王建の恋人は「荘和王后」と出ているが、案内員は世継ぎ出生にまつわる逸話を、実に大胆かつ軽妙洒脱に披露した。彼女の説明をそのまま書けないのは残念だが、その真偽の程はともかく、我々は彼女の話術に堪能した。

 その後、滝のふもとでの昼食会では、山の珍味と地場の焼酎のせいもあって、同行の全員が案内員に負けまいと自慢のジョークを出し合った。即席の日朝ユーモア合戦だ。ジョークに国境はなかった。滝周辺に生い茂っていた樹木は今頃紅葉で「朴淵の滝」を美しく彩っているに違いない。
                  (本紙2002年10月18日号掲載)

  おおにし・けんいち  1943年福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、昨年7月から新・韓国日商岩井理事。