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2003/12/19

<随筆>◇明成皇后◇ 新・韓国日商岩井 大西 憲一理事

 先日、南山のふもとの国立劇場で上演されたミュージカル「ラストエンプレス明成皇后」を見て来た。5、6年前に芸術の殿堂で上演された時も見たので、今回で2回目と言うことになる。特にミュージカルが好きという訳ではないが、韓国に住んでいる日本人として、この重いテーマは何故か避けて通れない気がしている。

 隣国でありながら、日本人の「韓国の歴史音痴」は有名だが、実は小生も明成皇后の悲劇は、角田房子の「閔妃暗殺」という本で知ったのが始めてである。一気に読破した後、日本にとってこれだけの重大事件を今まで知らなかった自分が恥ずかしくなった。韓国では国民的英雄とされている安重根の伊藤博文狙撃事件も、ある意味では「国母暗殺」への復讐と言われている。韓国では小学生でも詳しく知っている日韓の近代史の最も重要な事実を、日本の大半の人は知らないのである。本人達の無関心もあろうが、基本的には西欧の歴史は結構詳しく教えながら、韓国を含むアジアの歴史を軽視してきた政府の教育方針の結果であろう。

 今回の観劇は前から2列目の席という事もあって、ミュージカルの生の迫力を満喫した。特に閔妃役の女優(李サンウン)の華奢で清楚ななかに凛々しさを秘めた、いかにも韓国女性的な美貌にあらためて目を奪われた。実際に、当時40代にもかかわらず、25歳程度にしか見えない優雅な女性であったらしい。刀での切りあいの場面はまるで真剣勝負のように火花が飛び交った。悪役の三浦梧樓公使は昔ののやくざの親分のような出で立ちで、ふてぶてしさがよく出ていた。

 この三浦公使の指揮の下、無防備の宮女や閔妃をなで斬りにし、しかも閔妃の遺体を焼き捨てるくだりは、思わず目を背けたくなった。しかしこれは事実である。目を背けるわけにはいかない。日本側にも当時の複雑な外交関係打開という名目はあったかも知れないが、無抵抗の王妃を闇討ちすることは到底正当化されない。日本人の心に根ざしているという「武士道精神」からも完全に外れる。決して遠い昔ではない我らが先輩の犯した暴挙に、憤りと恥ずかしさを禁じえなかった。

 地元の人一色の劇場内を思わず見回した。しかし、劇場の暗い照明は、憎っくき悪人の末裔がここにいる事を隠してくれたようだ。いや、例え末裔が隣にいることが分かっても、一般の人々は露骨な感情を見せないだろう。それは大半の人々が過去と現在を区別しているからである。長い年月が醸し出す一種の寛大さかも知れない。でもそれに甘えてはいけない。歴史は決して消す事ができないからである。

 日韓の過去には他にも不幸な出来事が多くあったが、全ての国民が事実を正しく認識した上で、未来を語ることが大切と思っている。まず国民の教育がそうでなければならない。個人的な歴史観で隣国の国民感情を逆なでする政治家が後を絶たないが、まずはこの迫力あるミュージカル鑑賞をお勧めしたい。


  おおにし・けんいち  福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。