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2003/11/14

<随筆>◇北朝鮮最高の芸術団公演◇ 新・韓国日商岩井 大西 憲一理事

 アパートの郵便受けに入っているチラシの中に、「無料観覧券…北朝鮮から来た、最高の統一芸術団公演」のチケットが混じっていた。「無料」という言葉にやけに弱い上に、「北朝鮮最高の芸術団」という言葉にも惹かれて、愛用のカメラを提げて会場の63ビルに駆けつけた。

 最高の芸術団だけに華麗な舞台装置を想像していたが、しかし、だだっ広い会場には、小学校の講堂で使われるような折畳式の椅子が並べてあり、前の方にはビニールシートを敷いただけの即席特別席もあった。舞台はといえば、これまた極めてシャビーで幕もない。かわりに、舞台の真中に電気製品のようなものがズラーっと並べてある。もっと驚いたのは、続々と集まってくる観客のほとんどが70歳以上の老人なのだ。若者どころか、中年も見かけない。

 「この年代は北朝鮮には特別の感慨を持っている世代だからな…それでもちょっとおかしいな?」今ひとつ納得できないうちに開幕となった。まず主催者の挨拶が始まったが、内容は自社の商品紹介である。これが延々と続く。「ハハーン」鈍い小生にも本日の公演の背景がようやく分かってきた。舞台中央にドーンと置かれている商品が今日の主役なのだ。それにしても司会者のスピーチは実に素晴らしい。自社商品がいかに優秀かをとうとうとまくし立てる。立て板に水。正にプロ。「健康関連グッズ」だ。観客席の老人達は恍惚の表情で聞いている。長い紹介が終わった後、「皆さんも長生きしたいよね」「もちろん」「それじゃ購入希望者は手を上げて」司会者の言葉に、魅入られたように観客の大半が手を上げていた。危うく小生も手を上げるところだった。

 お待ちかねの「北朝鮮最高の芸術団公演」が始まって再度驚いた。出演者の多くが中年以上のシニアなのだ。男性歌手はどう見ても60代後半。皆さん腕は確かだが、時計の針を30年くらい昔に戻したような雰囲気である。広い会場一杯の超シニアの観客は手拍子で舞台と一体になって楽しんでいる。決して長くない「最高の芸術団公演」が終わると、今度は別の司会者が出てきて、別の商品説明に入った。これまたプロである。前にも増して多くの観客が手を上げていた。敵ながら天晴れな商法である。

 これはいわゆる「デモ販売」なのだが、しかし、無料チケットにはデモ販売のことは何も書いてなかった。純情無垢な小生は、南北統一を目指した「北朝鮮最高の芸術団公演」だけと思い込んでいた。詐欺とまではいえなくとも、一種の誇大広告である。しかし、無料である。文句は言えない。でも、デリケートな関係の隣国の芸術公演をビジネスに利用してもいいのだろうか? 韓国人の逞しい商魂に感心しながらも、若い美人軍団の華やかな舞台を期待していた中年おじさんは、シャッターを切る必要がなかったカメラと、お土産の健康石鹸を手に、複雑な気持ちで63ビルを後にした。


  おおにし・けんいち  福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。