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2003/11/07

<随筆>◇漢字文化圏の悩み◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 政治大好きの韓国は選挙があろうがなかろうがいつも政治の季節だが、最近も政党の分裂やら新党結成などが話題になっている。昔から新しい党ができたり消えたり忙しく、これまで無数の党がつくられたため新党結成に際してはいつも党名に苦労する。

 これまでにない新しい名前を考えるのが大変だからだ。今回の新党は「ヨルリンウリ党」となった。直訳すると「開かれたわれわれの党」という意味になるが、ひと言の漢字で書けないのでぼくら日本人記者は大いに困っている。

 そこで先日、顔見知りの中国の記者に新党の名前の書き方について「お宅らはどうしているのかいな?」と聞いてみた。すると「いやうちらも困っているんや」という。お互いあの新党の名前を何とか漢字で書けないものか、悩みをともにすることになった。

 その際、ぼくがちなみに試案として「開我党」はどうかと書いて見せたところ、彼は「それでは中国人には何のことか分からないよ」といい、あえてその意味を生かせば「開放我們党」だという。しかしそれでも中国人には政党名としてはピンとこないなあ、という。

 そこでぼくは「うちの新聞では仕方なくカタカナで〝ウリ党〟と書いているのだが、お宅も発音だけで〝烏離党〟にしたらどうかいな?」といったところ、彼は「なるほどウーリー党ねえ…」といって笑うだけで賛成とも反対ともいわなかった。ついでに聞くとハンナラ党については中国では「大国家党」と表記しているという。なるほどハンナラ党は英語では「グランド・ナショナル・パーティー」だから、その意をくんで漢字表記しているのだ。これはマイッターだ。

 ぼくらは面倒くさがって「ハンナラ」をそのままカタカナ書きしてしまったのだが、漢字文化圏としてはやはり中国は先輩だ。うまい。漢字でその意味がちゃんと伝わるよう工夫している。これは見習わなければならない。今回、彼らが「ヨルリンウリ党」をどう表記するのか注目している。

 ところでハングルしか書けない表記は最近、人の名前にもふえている。先ごろ日本の共立奨学財団がソウルで開いた日本語スピーチコンテストで審査員をしたのだが、出場者の名前に「ハナ(一つ)」「コウン(美しい)」「スルギ(かしこい)」「ハヌル(そら)」などこれまでになくハングル・ネーミングがたくさんあった。こうした流れを〝ハングル民族主義〟といえば大げさかな。

 韓国版・新幹線の京釜高速鉄道もやっと来年には部分開通のようだが、新しい列車名はどうなるだろう。在来線の「セマウル」はハングル主義の傑作だったが「トンイル(統一)」や「ムグンファ(無窮花)」はいけません。韓国新幹線について以前、ぼくは「アリラン」はどうかと書いたことがあるが、新列車名も流行の「ハナなんとか」などというものになるのだろうか。


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。