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2003/03/07

<随筆>◇アナゴ刺し身論◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 韓国では政権交代の目前に何かと政治がらみの話題が多い。そのひとつに、食通の間では首都ソウルの食の風景にも変化がありそうだという話がある。大統領が木浦(全羅南道)出身の金大中氏から釜山(慶尚南道)出身の盧武鉉氏に代わるため、食の方でも釜山料理が幅を利かすのではないかというわけだ。

 金大中政権時代はたしかに湖南(つまり全羅道)料理が幅を利かした。ぼくの経験でも、政権筋のお呼ばれというとだいたいが全羅道系の店だった。ただ「食は湖南にあり」というように、もともと全羅道料理は食材が豊かで味もいい。皿数の多さをはじめそのお膳の豊かさは実に楽しい。だから政権筋でなくても湖南の料理は人気がある。

 ところで釜山料理だが、どうも印象はよくない。まずキムチが塩からっくて、かつトウガラシ辛く、ふくよかさがなく、まずい(?)。日本のスーパーで「釜山キムチ」と銘打ったのがあったが、キムチのブランドを釜山に代表させてはいかん。

 あとは釜山というと魚料理だが、これといったものがない。腔腸動物だろうか「ケーブル」のぶつ切りとか、小型のヤツメウナギみたいな「コムジャンオ」の焼いたやつとか、素材そのものの面白さはあるが、料理というにはいまいちだ。

 昨年、釜山のアジア競技大会の際、こんな風景があった。北朝鮮の選手団から「釜山名物は何か?」と聞かれた地元の記者が「オデン」と答えていたのだ。オデンにはハンペンなど魚肉の練り製品を使うので、「釜山オデン」がうまいというのは分からなくでもない。
オデンは日本原産だから日本人にはうれしい話ではあるが、これでは釜山のためにはいささかさびしい。

 で、政権交代で話題になっているのは釜山名物(?)の「アナゴの刺し身」である。全羅道とくに木浦は発酵させて悪臭いっぱいの寄食「ホンオ(エイ)の刺し身」で有名なため、釜山は「アナゴ」で対抗しようというわけだ。ちなみにアナゴは韓国語では「チャンオ(長魚)」だが、釜山では日本語をそのまま使っている。もう1つちなみに、同じ長い魚のウナギは韓国語では「ペム(ヘビ)チャンオ」といっている。

 ところが釜山の「アナゴの刺し身」じゃぼくら日本人にはどこか抵抗感がある。皮を剥いだ後。骨ごとぶつ切り風にスライスしてあるからだ。そのまま噛みしだけばいいのだが、ぼくらには骨が気になる。アナゴそのものは白身で淡白な味だし、刺し身で結構いけるのだが、骨がねえ。

 料理という意味ではやはり「ホンオ」が一枚上手だ。強烈なアンモニア臭という韓国を代表する嫌悪食品だが、それなりに手が加わっていて、かつ話題性もある。それに次期政権は金大中政権の与党を引き継いでいるので全羅道系が多数残っている。「ホンオの刺し身」もまだまだ楽しめそうだ。
                 (本紙 2003年2月14日号掲載)


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。