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2004/12/03

<随筆>◇蟾津江(ソムジンガン)もメシの後◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 季節は冬だが桜の話から入りたい。ぼくが韓国の桜の名所ベストワンに選んでいるのが、慶尚南道・智異山のふもとにある双渓寺にいたる山道だ。比較的背丈の低い古木が多く実に風情がある。韓国の桜は市街地の街路樹などほとんどは平地にあって、いかにも桜、桜している。それはそれで悪くなく、最大の名所・鎮海などは全市これ桜で壮観である。

 その点、双渓寺の桜は山道にあって他の樹木と共存し、華やかな桜でありながらどこかさりげないところがあって好ましい。その双渓寺にいたる山道のスタート地点が「花開」だ。昔から市が立つ「花開ジャント」の名前で知られる。慶尚道と全羅道の境を流れる○津江の上流にあたる。川沿いの食堂には軒先に水槽がしつらえてあり、季節、季節の淡水魚が泳いでいる。今年はもう季節は過ぎたが夏には断然、アユだ。

 アユが名物になっているほどだから、蟾津江は清流だ。アユを食べにこれまで何回か出かけたことがある。「金剛山もメシの後」ということわざがあるが、蟾津江はアユもうまいがやはりその風景がいい。慶尚道側は川沿いに道路が走り、護岸がなされているので面白くない。しかしこの慶尚道側から眺める対岸の全羅道側の風景が素晴らしい。とくに朝夕は一幅の山水画である。

 このためぼくは蟾津江を「韓国の四万十川」と勝手に名づけてきた。花あり、食あり、名画ありだからお気に入りなのだ。

 ところでぼくはこの夏から釣りをはじめ、かなり入れ込んでいる。そこで淡水魚の宝庫である蟾津江に一度は挑戦したいと思っていた。思い立った時期が遅かったが、それでも最後のチャンスと思い十一月中旬出かけた。主な狙いは清流の岩場にいる「ソガリ」だった。水温が下がると姿を消すのでギリギリの時期だ。
飛行機で晋州まで行き、そこで釜山から車でやってきた友人と合流し蟾津江に向かった。

 朝から夕刻まで、上流の「花開」から河口の「光陽」まで、約七時間ルアーを投げ続けたが釣果はゼロ。とくに上流では智異山おろしの寒風に震え上がった。これでは「ソガリ」も姿を現さないはずだ。やはり時期が遅すぎたか。清流の岩場は間違いなく意欲をそそられる。来年を期したい。

 しかし蟾津江の清流もいささか濁り気味だった。川沿いをはじめ流域の開発が進んでいるのだろうか。生活廃水の流入が気になった。今回、久しぶりに訪れ「韓国の四万十川」は江原道寧越の「東江」に代えることにした。「東江」の素晴らしさは別の機会に紹介するとして、蟾津江の保護は至急課題だ。

 「蟾津江もメシの後」の意味でいえば、川沿いの食堂で昼食に食した名物の「シジミ汁」は評判通りうまかった。刻んだニラを浮かした白っぽいシジミ・スープは色合いもよく、釣果ゼロのぼくらにとってささやかな癒しであった。


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。