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2004/10/29

<随筆>◇丹楓(タンプン)の頃◇ 山中 進 氏

 先々週の土、日、趣味のサークルの合宿で御殿場へ行った。

 初日は薄曇りだったが、翌日は雲一つない快晴。昨日、鉛色の裾野しか見せなかった富士山は蒼空をバックに、紅葉なのだろうか紅色に包まれて輝く全貌を、視界いっぱいに広げて聳え立っていた。

 梅原龍三郎画伯の絵画を彷佛させるその姿を眺めていると「タンプン(丹風)」と言葉が自然に出た。そして思いは、数十年前のソウルに飛んでいた。

 11月中旬のがっしりと冷え込んだソウルの朝、下宿の庭へ顔を洗いに出て驚いた。そこから見える北岳山が全山、紅葉で染まっていたのだ。韓国の冬は寒いと覚悟はしていたが、たった一晩で山の色が変わってしまったことに驚嘆した。

 食事を運んで来たシンモ(女中さん)は、紅色の北岳山を指差しながら「タンプン、タンプン」と何度も繰り返えしたが、彼女も大自然の変ぼうに興奮したのかもしれない。お蔭で紅葉を、韓国語でタンプン(丹風〉ということを覚えたのであった。

 数日後の休日、会社のスタッフ達と家族12、3人で、紅葉狩り(タンプンノリ〉に行くことになった。

 北岳山から流れる川辺に着くと、ビニールのシートが広げられ、真ん中に卓上コンロが2つ、3つ並ぶ。図体の大きなK氏が背負って来た大きな荷を開けると、ビニールの袋に入った肉がどさっと出てきた。

 キムチはそれぞれの家からの持参は当然だが、奥さん同伴の社員たちは、我が家のキムチこそがいちばん旨いと声高く自慢をするものだから、奥さん方は照れくさそうな顔つきで旦那を黙らせるのに懸命だ。

 サンチュ(サニーレタス)を広げ、焼き上がった肉をのせ、コチュジャン(唐辛子味噌〉を塗ったくり、丸めて口に押し込むと、口の中いっぱいに熱さと辛さが広がり、ウハウハと喘ぐ。それを治めようと焼酎をあおる。ヒヤリと甘味が広がり、思わず鼻から大きく吸い込んだ息には、活き活きした大自然の香りが満ちているのであった。

 頃合になると歌が出る。韓国の人たちは歌が好きだ。何より声量があり、コーラスを趣味の私には羨ましい。S君がひょいと立ち上がり、両手を広げ肩でリズムを取って踊り出す。隣近所のグループからも歌が沸く。子どもどうしは仲良くなって、あっちのグループ、こっちのグループを渡り歩き、学校で習った歌を歌ってコーラなどを貰ったりしている。

 日本では森林浴などと、改めてキャンペーン仕立てにしたりするが、韓国の人たちは自然の中へ出かけるのが大好きだ。今はマイカーが増えて、野遊の形も変わっただろうか。ちなみに自然の中での火の扱いは、今は禁止されているはず。


  やまなか・すすむ  東京生まれ。広告会社勤務時代に大韓航空、韓国観光公社を長年担当。ソウル駐在経験もある。NHKハングルテキスト他にイラストとエッセーも執筆。