ここから本文です

2004/06/04

<随筆>◇モンゴルでキムチ攻めとは◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 先ごろモンゴルに行ってきた。歴史・文化探訪みたいなツアーで、韓国人十数人と一緒だった。モンゴルに詳しい学者が同行していて大いに勉強になった。朝鮮半島は高麗時代(10~14世紀)にモンゴル(元)の支配を受けている。ぼくにとってはモンゴルは気になる存在で一度行ってみたかった。

 ソウルからは直行便があり、三時間ほどでウランバートルに着く。ただ四泊五日の旅はちょっとした“苦難の行軍”だった。草原地帯といってもまだ春で草は芽吹いておらず、砂漠状態の荒野をバスで往復15時間ほど走った。その道路がものすごくデコボコで、バスは跳んだりはねたりだった。しかしこれもいい思い出になった。何しろ何時間も続くあの“砂漠”はすごかった。

 旅というと「見る・食べる・遊ぶ」の“るるぶ”で「食」が楽しみだ。ぼくとしても当然、モンゴルでの食に期待した。ところが初日の食卓から、ツアーの一行が大量に持ち込んだキムチやノリ、パックの「チャミスル」など韓国モノが出てきたのにはまいった。

 食事ごとにキムチのにおいが漂うモンゴル旅行となった。今、思い出してもモンゴルの食のイメージが浮かばない。辛うじて、砂漠の宿のゲル(包)で食べた羊の肉の骨付き塊を思い出すくらいだ。しかも食事ごとにキムチが出ているのに、砂漠で二泊してウランバートルに戻ると早速、今度は韓国レストランでキムチチゲときた。

 思わずガイド(韓国女性)に聞いたものだ。「なぜ、モンゴル料理が出ないのかね?」答えは「皆さんの口に合わないから」だった。文化探訪ではないか。口に合っても合わなくても、とりあえず食ってみなければ。

 昨年の数字によると、モンゴルを訪れる韓国人は日本人より多い。韓国に滞在するモンゴルからの出稼ぎ者も二万人を超すというから、最近、両国関係はかなり近くなっている。

 とくに最近、韓国人のモンゴル往来が増えているのは、どうやら宗教関係が熱心になっているためと思われる。韓国人の宗教的熱意といえば、先にあのイラクで一時人質になった韓国人グループもそうだった。

 韓国人のツアーだったが、実はぼくは日本人として面白い経験をした。簡単なモンゴル語を即席でおぼえコミュニケーションに努めたのだが、その一つが「サンバノ(こんにちは)-私はヤポン(日本)、あなたはキョクシュウザン(旭鷲山)-だった。砂漠で馬を走らせていた遊牧民も、これでみんなニッコリなのだ。母国のモンゴルで慈善事業などをしている大相撲の旭鷲山は有名で、朝青龍よりはるかに知名度は高い。

 韓国の肉料理はモンゴル支配の高麗時代に一般化したという説がある。だからその伝統スタイルは当然、遊牧民のように煮て食べるということになる。今も「タン(湯)」モノとスユクにそれが残っている。その一方で韓国人は馬や羊は食べないのだから面白い。


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。