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2004/03/05

<随筆>◇モンゴル力士の人気の秘密◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国の醤油の銘柄に「蒙古醤油(モンゴカンジャン)」というのがある。初めて目にしたときは「不思議な銘柄だな」と思った。そのうち由来が分かって(?)感動した。

 この醤油は馬山市内にある会社の製品である。なぜ「蒙古」という名前がついているかというと、馬山には「蒙古井(モンゴジョン)」という史跡があって、この会社はその近くにある。ぼくは何年か前に実際に出掛けてみて確認した。で、「蒙古井」とは何かだが、実はその昔、モンゴル兵たちが馬に水を飲ませるために掘った井戸だという。時代は高麗時代で、例のモンゴルによる日本侵攻の「元寇」の際の話だ。

 今は干上がって水はないが、由来を書いた簡単なパネルが出ていて史跡になっている。当時、モンゴル軍は高麗軍を手先に日本に押し寄せた。この時、総勢3万余人の軍勢が900隻の船で日本に向け出撃したのが馬山の合浦だった。今も合浦の地名は残っている。

 高麗とモンゴル(元)の支配、抵抗などを興味深く描いたのが井上靖の名作『風濤』だが、モンゴルは高麗王にモンゴルの姫を押し付け、さらに高麗の女性を貢物として多数連れていった。モンゴルによる高麗支配は百年近く続いた。

 その結果、モンゴル文化の名残は今も韓国人の風俗にあって、たとえば結婚式の時の新婦が顔に塗る丸い紅の「ヨンジ」や、最近、復活して目につくチマチョゴリの際の女性の「チョックトゥリ」、護身用の装飾品「粧刀」などそうだという。テレビの時代劇などによく登場し、最近も大ヒットの宮廷料理ドラマ「大長今(テジャングム)」でしばしば耳にする王様の食事を意味する「スラ(水刺)」も、もともとはモンゴル語という。逆にモンゴルには「高麗マンドゥ」や「高麗モチ」が残っているとか。

 余談ながら韓国の歴史教科書では、モンゴルと高麗連合軍による「元寇」は「日本征伐」とか「日本遠征」と記述されている。そういうものなんだ。だから日本の教科書が豊臣秀吉の朝鮮出兵を「朝鮮侵略」とか「朝鮮侵攻」と書いていなかったり、昔のように「朝鮮征伐」と書いたからといって、それがすぐ歴史歪曲ということにはならないのだ。

 ところでなぜ今回、モンゴルの話かというと、先の大相撲ソウル場所を見ていて会場で朝青龍や旭天鵬、旭鷲山などモンゴル出身力士への歓声がひときわ大きかったからだ。これは韓国人の間で人気があったせいではない。会場にモンゴルからの出稼ぎ労働者たちがたくさん見にきていたのだ。この風景は実に興味深かった。そこで高麗、元、元寇、蒙古醤油…と歴史への思いが広がったのである。

 そういえば済州島もモンゴルとの因縁が深い。高麗の反蒙・抵抗勢力だった「三別抄」の最後の拠点だったし、2度目の対日・元寇の際の中継点にもなっている。済州島には確か「抗蒙記念館」があったように思うが。


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部 卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。