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2005/11/25

<随筆>◇キムチ狂騒曲◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 晩秋の風物詩「キムジャン」の季節になった。「キムジャン」とはキムチ作りのことで、毎年11月の終わりから12月初めにかけて韓国全土の家庭で一斉に「キムジャン」が始まる。これから厳しい冬を控えて一冬分のキムチを漬けるのでその量は半端じゃない。大家族なら白菜だけで100個は使うというからキムジャンの主役である主婦達には大変な重労働だが、そのためか最近はキムジャンをスキップして、もっぱら市販のキムチに頼る家庭が増えてきたという。

 韓国の大切な伝統の一つがまた薄れていくのかとオジサンは小さな胸を痛めていたが、風の噂では今年はなぜかキムジャン復活の家庭が増えたらしい。原因はどうやらキムチ宗主国・韓国を震撼させた「寄生虫卵入りキムチ騒動」のようだ。

 事の発端は、10月21日に韓国の食品医薬品安全庁が「中国産キムチから寄生虫卵検出、国産キムチからは検出されず」と発表、猛反発する中国との貿易摩擦になりかかったが、その後、国産キムチメーカー502社を検査した結果、16社の製品から寄生虫卵が検出されたのだ。

 最初は「中国産はやっぱりな」と鷹揚に構えていた国民もこの発表には度肝を抜かれた。キムチ宗主国の面目は丸つぶれ。キムチ業界には大きな衝撃が走った。百貨店など大手のキムチ販売店は大慌てで名前の挙がった製品を取り除いたが、消費者のキムチ全体に対する不信感が一気に噴き出した。

 誰もが「第2のスレギマンドゥ(生ごみ餃子)事件」を懸念した。先日、市内の某大手百貨店のキムチ売り場を覗いて見たが、いつもは日本人観光客などで混み合っているのにガラーンとしている。普段は威勢のいい売り場のアジュンマは「例の騒動で売上げは半分」と溜息をついている。キムチチゲを売り物にしている会社近くの食堂の主人は「うちは以前から自家製キムチなので関係ない」と強気ぶっていたが顔色はあまりよくない。やはり売上げはかなり落ちているらしい。

 キムチチゲ大好きの小生もさすがにハシが進まない。小規模キムチ業者廃業のニュースも流れている。さてさて、キムチの運命やいかに?

地元の友人が明確に断言した。

 「大丈夫。我々はキムチなしでは生きていけない。韓国人の赤い血はキムチでできているのです。それにウリナラの国民性を知っているでしょう。反応は早いが、それだけ戻るのも早い」。確かにあれだけ騒がれたスレギマンドウもすっかり元に戻っている。「業者が注意するのでかえって安全」と別の友人は全く気にしない。

 それに朗報もある。03年に東南アジアでSARSが流行した時、キムチが特効薬としてもてはやされた事があるが、最近、米国では鳥インフルエンザ退治にも効果があるという評価が出ているらしい。世界的な大流行が心配されている鳥インフルエンザの特効薬がキムチとなると、少々の寄生虫卵なんて問題ではなかろう。やはりキムチは永久に不滅です。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。昨年4月、韓国双日に社名変更。