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2005/07/08

<随筆>◇感銘を受けた短歌◇ 崔 碩義 氏

 「ずいひつ」には、およそ難しい深刻な話は馴染まない。どちらかというと身辺の面白い、味わいに富む話の方が喜ばれるだろう。しかし、無粋な私にそれを求められても大いに困る。前置きはこれぐらいにして今回は、在日のハンセン病者で、優れた歌人である金夏日と兪順凡の短歌を取り上げたい。

 私は、日本独自の詩形による集中的な言葉の表現といわれる短歌に詳しい訳ではないが、この二人の短歌に接すると、何故か、じーんと感銘して胸が熱くなるのである。

 ◇国籍を移して年金もらえと云う園長の前にわが黙しおり(金夏日)
 ◇年金受くる日本人の盲友が別の世界の人種に見える(兪順凡)

 かって日本政府は福祉障害年金の支給に際して、日本人の患者と在日朝鮮人の患者の処遇を差別した歴史がある。この歌はそのときの情景を歌ったもので、同じ療養所の中での民族差別ほど理不尽で非人間的なものはない。

 この差別を撤廃させるために「在日朝鮮人ハンセン病患者同盟」が結成され、長年にわたって闘争した結果、やっと自用費という名目で支給されるようになって問題は解決した。

 また、草津の栗生楽泉園にいる金夏日は次のように詠っている。
 ◇通信にて苦心して学びし朝鮮語の点字もようやく舌になじみぬ
 ◇盲いわれ耳を澄ませば今は亡き母が砧打つ音聞こゆなり
 ◇小さなる叫びといえど朝鮮の統一をねがい詠いつづけん

 続いて、星塚敬愛園にいる兪順凡(故人)も次のように詠う。

 ◇チャング打ち琴鳴り交じる唄きけば母在ます国に帰りたく思う
 ◇日本に執着するにあらざれど死して故山を恋うべくもなし
 ◇朝鮮人韓国人と意識して言わねばならず分断の民

 金夏日と兪順凡の二人の歌歴はかなり古く、素人の趣味の段階をはるかに越える。数々の個人歌集や作品集が刊行されているだけでなく『昭和万葉集』にも作品が載っているぐらいその水準は高い。しかも、二人とも両眼を失明した上、点字を舌読するという凄惨な執念を見せている点でも共通する。

 話はそれるが、三重県に居住する有名な歌人の李正子さんは、自分の姉がハンセン病患者であることを包み隠さず歌集『鳳仙花のうた』の中で告白している。これは人間として本当に凄いことだと思う。普通、自分の家族がハンセン病患者であることは滅多に外部に洩らさない。

 私は次のような歌に深く感動するとともに、作者に一層敬愛の念を持った。

 ◇口ごもる母よりききて姉住むは「癩園」と知りきわれは二十歳
 ◇赤き赤き糸にからみし記憶より曲がりし姉の小指ほの白き


  チェ・ソギ 在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『在日の原風景―歴史・文化・人』(明石書店刊)などがある。