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2005/07/01

<随筆>◇日韓合作のスントゥブ◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 昨年春から釣り(ルアー)にこっているが、先ごろ江原道の山奥に渓流釣りに行ってきた。ルアーもまだ素人だが、渓流釣りも初めてだ。相方はフライ・フィッシングが得意で誘われたというわけだ。こちらはフライはまだできないからルアーでやることにした。渓流釣りはかなり難しい。しかし何でも経験とばかり臆面なくついていった。

 平昌郡あたりの渓流二ヶ所で竿を入れたがさすがに難しい。五、六時間やってベテランの相方がやっと十センチほどのヤマメとオイカワを釣ったが、こちらにはかからない。水量が少ないせいかなと思い、渓流を経巡りながら深みのあるよどみを探し粘った。よどみには魚影がちらほらする。

 渓流釣りでは魚に人影を意識させないよう「石(?)になれ」とどこかに書いてあったように思う。そこで岩場に腰を下ろし、静かな姿勢でルアーを投げ続けたところ、ついにヤマメが一匹かかった。体長二十センチほどで実に美しい。なぜたり、さすったりして韓国ヤマメを楽しんだ後、写真に撮ってリリースしたが、撤収の際、この写真を見せたところ相方がうらやむこと。

 帰路、江陵で一泊して帰ろうと、勝手知ったる鏡浦台に宿をとった。浜辺とて夕食は定番の刺身となり、朝食は江陵だからと豆腐に決まった。鏡浦台から車で五分ぐらいのところに“豆腐村”がある。松林の中に豆腐を食べさせる店が何軒か散在している。

 江陵といえば「チョダン・トゥブ(草堂豆腐)」が有名だ。しかし朝食だから「スントゥブ」がいい。「スン」は「ス(水)」からきた言葉というから「水豆腐」ということか。あのツブツブ、ドロドロの豆腐は大豆の味と香りがしっかり残り、ニガリもきいていて実にうまい。

 5000ウォンの定食で大きなドンブリ(サバル)にたっぷり出てきた。薬味醤油も備えてあったが、塩味が効いているのでそのままで十分おいしかった。飯にかけてもいいし、飯を入れてもいい。もちろんそのまま食べればもっとおいしい。

 日曜日のソウルに向かう嶺東高道路は混む。早めに出発しようとそのままソウルに向かった。車の中で豆腐の話に花が咲いた。相方(日本人)がいうには「ソウルでのスントゥブは最近、ニセモノが多い。ブツブツ、ドロドロの本物を使わず軟らかい絹ゴシ豆腐を使っている店が多い。あれはけしからん。あれは詐欺ではないのか」というのだった。

 しかしこれは怒る話ではない。実は近年、アメリカでも豆腐ブームで豆腐料理に人気がある。そこで韓国人が多い西海岸のロスアンゼルスあたりでは、日本風の絹ゴシ豆腐を使って「スントゥブ」として売っている。それが韓国に逆輸入され「LAスントゥブ」として人気になっているのだ。だから絹ゴシ・スントゥブは“日韓合作”の食文化だ。日本人にとってはおもしろい話ではないか。

 
  くろだ かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。