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2005/05/13

<随筆>◇「雨の降る顧母嶺」はどこ?◇ 産経新聞 黒田 勝弘 ソウル支局長

 韓国は初夏の陽気で気温も例年より高い。となると魚の動きも活発化しているはずと、このところ釣り紀行に精を出している。真冬にいいカタの「コウライハス(以前、本欄でバスとあるのは間違い)」が入れ食いだった慶尚南道蜜陽江が、春になると「バス(韓国人はベスと発音するが)」が釣れるというので出掛けた。「バス」は周知のように外来種で、ぼくの韓国釣り紀行では当初、お目当てではなかったのだが、ルアー(擬似餌)フィッシングには格好というのでやってみる気になった。

 例によってソウルから高速鉄道KTXで早朝に出発し、蜜陽駅で降りてタクシーで現場に行く。駅前の釣り道具屋で情報を仕入れ、蜜陽江の2カ所で投入したが釣果はいまいちだった。急に30度近いメチャ暑になって逆に魚の動きが鈍ったか。韓国固有種の「コッチ(日本名オヤニラミ)」の小ぶりが2尾釣れただけで狙いの「バス」は空振りだった。技術が未熟なせいもあったかな。

 ところで蜜陽市がにぎやかなので、タクシーの運転手に何をやっているのか聞くと「蜜陽(ミリャン)アリラン祭り」だという。体育祭などいろんなイベントをやっているという。そうか蜜陽は民謡「蜜陽アリラン」で有名だったなあ、と思いながらもうひとつ思い出した。

 大衆歌謡の名曲「別れの釜山停車場」や「新羅の月夜」「戦線夜曲」「ラッキーソウル」「雨の降る顧母嶺」など多くの曲を作曲した故朴是春(1913|96年)の故郷は蜜陽ではなかったか。市では町起こしのため「朴是春歌謡祭」を始めたというニュースもあったなあ、と思って運転手に「朴是春歌謡祭はいつやるのかな?」と聞いたのだが要領を得なかった。
そこでソウルに戻って調べたところ「朴是春歌謡祭」は2年ほどでなくなり「蜜陽アリラン祭り」に吸収されてしまったとある。しかもなくなった理由が、日本統治時代の彼に戦時歌謡の作曲など碕親日行為鷺があったことが問題になったためという。市民団体やマスコミなどが市当局にねじ込んだ結果とか。韓国では近年(?)、「功」より「過」ばかりほじくるのが流行っているようで、地方都市などでもこんなことが行われている。

 やれやれ、と思いながら帰途、大邱に立ち寄り口直し(?)にと市内を流れる琴湖江でルアーを投入した。「バス」で知られる川だがここでも成果はなく、いささか重い足取りとなった。琴湖江の現場は花郎橋の下あたりだった。ところがこの時、偶然、上流に京釜線の「顧母駅」があるのを知った。地図を見ると近くに「顧母嶺」という小さな山があるではないか!

 朴是春の演歌の名曲「雨の降る顧母嶺」はここだったのか?ぼくは全羅北道と思い込んで本欄でもそう書いたことがある。これは重大な発見だ。早速、訂正しなければならない。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。