ここから本文です

2005/01/28

<随筆>◇中学生派遣団◇ 武村 一光 氏

「昔、少し日本語を知っていたが、永いこと使わなかったので、すっかり忘れていた。しかし、鹿嶋市から沢山の中学生が来て少し思い出した」と、訪問先の大新中学校の教頭先生が英語で話し始め、その思い出した日本語を英語に混ぜた。大きな拍手が起きた。

 昨秋、済州道西帰浦市に入った姉妹都市中学生派遣団一行42人(うち中学生36人)が、コンベンションセンター、ワールドカップ競技場の見学、副市長主催の夕食会をこなしての2日目のことだった。

 これから、いよいよ主目的の中学校訪問が始まろうとしていた。今まで通訳を通しての説明だった。それが今、思いもかけず通訳なしの英語のあいさつだ。易しい英語を使ってくれたこともあったし、説明の内容が学校のことに限定されていたこともあって、すんなり聞き取れたのだろう。何ともほっとした顔付きになった。

 韓国の方が英語力は上だからそのつもりでと、生徒達はいろいろな人から忠告を受けてきた。教頭先生の分かり易いユーモア混りの英語のあいさつが、どんなにほっとさせたことだろう。何も難しい英語を無理に使わなくてもよい。同行の先生方も安堵したに違いない。

 2時間目の授業は、英語による発表会だ。韓国側は英語劇、日本側は2人の自己紹介とかけ合い漫談。

 大新中の「アイラブユー、マム」の劇は、4兄弟姉妹が、普段がみがみとうるさい母親に愛想をつかし、他にもっとよい母親がいるのでは、と探すが結局いまの母親が一番、と思うに到る物語だ。生徒は総勢10人、使う英語も流暢だし、何よりも演技が堂に入っていた。済州道大会で優勝した自信作とのことであった。

 上手な人の後でやりづらいのでは、と少々不安だったが、鹿嶋市の生徒も臆することなく堂々としていた。準備期間の都合で暗誦までにはいたらなかったが、ノートを見ながら恥ずかし気な自己紹介が皆に好意を抱かせた。かけ合い漫談は、自分の持ち場を済ますと相手の肩を軽く叩く、相手は、えっそうなのととぼける。その仕草が面白く笑い声が広がった。

 大新中学校では、伝統音楽を習い、韓国弓を引いた。陶器づくり、韓国料理と種々挑戦する貴重な体験をさせてもらった。お互に混り合い紅白で、ドッジボールをし、同じ給食を味わった。互に写真も撮り合い、ツーショット組も見られた。
 学校に着いてから帰るまで窓という窓から手が振られ、声が掛けられた。自分達が歓迎されていることを知り、生徒達はどんなにか嬉しかったことだろう。

 3日目は帰国だ。自由時間のはずが変更になり、市長訪問になった。楽しみにしていた私服が、ご破算だ。制服に身を固くし、市長のあいさつを聞く。「どんな印象を持ったか聞かせて欲しい」と市長が生徒に話しかけた。どよめきが起り、何人かが先生に指名されて、顔を上げられないぐらい照れながらも、「来年もまた来たい」「韓国料理は辛かった」などの感想を話した。私服を着るチャンスはなかったけれど、市長との一問一答はそれ以上の感激を得たことになりはしなかったか。

 中学2年、14歳、子供を脱し大人になりかけの生徒達が、外国訪問を心から楽しめたことが、未来の明るさを示していた。


  たけむら・かずひこ  1938年東京生まれ。94年3月からソウル駐在、コーロン油化副社長などを歴任。98年4月帰国。日本石油洗剤取締役、タイタン石油化学(マレーシア)技術顧問を歴任。