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2005/01/14

<随筆>◇久々の木浦(モッポ)◇ 山中 進 氏

 昨年12月下旬、ソウル・龍山駅を朝の8時半頃に出発した韓国新幹線KTXが 、韓半島の西の南端に近い木浦に到着したのは正午間近だった。15年程前の秋に初めて木浦を訪れた頃は、特急セマウル号で約5時間、急行の統一号で6時間も掛かった。

 トコトコとひたすら走り続けた列車は、木造の古びた駅にやっとの気分で到着し、そ の先のレールは商店との境の塀の際で、土山の中に消えていたのを鮮やかに思い出す。

 新幹線の今は、線路はここまでなのだ!と言った感じで、黄と黒のまだらの車止めが 、その先に聳える商店街のビルを背景にドンと横たわっている。我々3人の旅人は、駅前からタクシーで済州島行きのフェリーターミナルまで行き、その側の観光案内所で紹介されたモテルに荷物を放り込むと、儒達山へ向かった。

 それにしても何か、腑に落ちない気分が私の全身を巡っていた。土地勘の強い私が方向感覚が掴めないのだ。遠くに見えるあの山、あの海には懐かしさが沸いて来るのだが、以前来た時と何か違うのだ。これはどうしたことか。

 とにかくあの頃流行はやりの韓国歌謡「木浦の涙」の碑や落照台を巡り 、最高峰のどん詰まりまで登った。眼下に広がる湾と点在する島々の姿を眺めていると、何と穏やかな気分になることだろうか。儒達山(ユダルサン)を下り、山麓をぐるりと30分程のウォーキングで、北港の海産物センターに向かった。

 目的地は、魚料理の好きなT氏の願望を叶えることもあって、俗に言われる刺身屋通りだ。エイの刺身と鍋に期待感たっぷり。

 A女史は、友人ご推薦のセンナクチフェと初のご対面。刺身と言われながらもうごめき廻る手長蛸の姿に、驚愕と感動、そして食感が交錯するのであった。

 翌朝、海岸通りの食堂での食事の後、湾を巡る広い通りを海洋遺物展示館に向かった。半島に沿った深い海底から引き上げられた焼物や道具類、木造船などが展示されていて、海の神秘を感じさせる。その地には南濃記念館、文化芸術館、郷土文化館などが集まっていて、海産物の木浦が、文化都市であることも教えてくれた。

 そう、郷土文化館にある電光パネルで、木浦の湾の埋め立て開拓の歴史とその過程も 判り、私が初めて来た時よりも大きく広がった地に、新しい道路や区画、新しい建物が出来たことを教えてくれた。

 そうなのだ。静かに大きく変貌した町の姿に気づかないで、前にインプットされていた私の方向感覚がずれていた原因を教えられた。建物の高さに制限もあるのだろう。穏やかな海に合わせて、都の姿も穏やかに、柔らかい日射しを浴びているのだった。

 木浦駅へ向かうバスで出会った6人の女子中学生達が、片言の日本語で私たちに賑やかに話し掛けて来たのも楽しい思い出となった。


  やまなか・すすむ  東京生まれ。広告会社勤務時代に大韓航空、韓国観光公社を長年担当。ソウル駐在経験もある。NHKハングルテキスト他にイラストとエッセーも執筆。