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2006/10/13

<随筆>◇人類文明の果てに ――人は獣に及ばず―― ◇ 崔 碩義 氏

 某月某日 久しぶりに湘南の海岸に行って海に沈んでいく見事な夕陽を見る機会に恵まれた。それは美しいというよりも、荘厳で神秘的な風景に思われ、私はジーンと感動した。やがて陽は西に没し、海は薄暮色に変わった。私は先程からこの落日の夕景にすっかり興奮したせいか、しばらくその場に佇んで深い瞑想に落ち込んだのである。


 近年、人類の技術文明はスピードを早めながら発展している。今や自動車の時代からロボットの時代に突入したかに思える。やがて、ロボットがヒトの職場を奪い、地球上にロボットが闊歩して、ヒトを窓際に押しやるという事態にならないとも限らない。

 ヒト社会は有害な化学物資を大量に使用し、放出することによって環境汚染を益々進行させている。また、地球の温暖化の影響が驚くばかり深刻化しているのを認めようとしない。その結果、生態系のバランスの崩壊が始まり、地球上の生き物に脅威を与えている。もちろんヒトもその例外ではない。近い将来、大自然の怒りを買って、手酷い報復を受けることは十分に有り得る。

 さらにヒトたちは、富の追求に汲々として大量生産、消費の蕩尽を繰り返している。一方、物質的繁栄による飽食社会を謳歌している連中がいるかと思うと、食料不足で大量餓死に直面している地域の住民もいる。こうしたアンバランスをヒトたちは深刻に受け止めることを拒否する。

 現在、世界の覇権国家であるアメリカは、あたかも憲兵気取りで他国に戦争を仕掛け、多くの人たちを殺戮するのに熱中している。しかもその尻馬に乗る国家があるかと思うと、北朝鮮のように体制維持のためにはどんな極悪なことでも平気でやる独裁国家も存在する。

 巨悪といえば、核兵器を持った国が、その殺人兵器を絶対に手放そうとしないことである。のみならず、世界の諸国家、諸民族は互いに自己の権益を主張するのに血まなこになっている。このように諸国家は競ってナショナリズムを昂揚させ、仮想敵国を作って憎悪を増幅させている。そのためには戦争だって敢えて辞さない。人類はこうした馬鹿げた状況を残念ながら、もはやコントロールできないところに来ている。

 こうして必然的に、人類文明の行き着く果ては、ヒトの死骸と白骨が累々と地球上に横たわって終わるであろう。今までヒトはヒトを叡智ある生き物として考えて来たが、本当は愚かで、極めて傲慢な生き物であることが判明した。ヒトは遠く獣に及ばない所似である。


 おっと、私のような何の肩書きも持たない老いぼれが、人類文明の将来について瞑想するとは、生意気にも程があると思われるであろうが、どうか今回だけはご勘弁願いたい。こうした人類の死滅する日は、何億年も先のことである。


  チェ・ソギ 在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『黄色い蟹 崔碩義作品集』(新幹社刊)などがある。