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2006/09/22

<随筆>◇変わらぬ伝統◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 「ガッシャーン!」「ワジャンチャン!(韓国語)」今日も韓国のどこかのレストランで従業員が派手に食器を落とし、皿やコップを割る音が鳴り響く。頭にきて皿を叩き割っているのではない。単に従業員の不注意なのだが、当地ではどこでも見られる風物詩である。

 彼女といい雰囲気の時にこれをやられると、折角盛り上がってきたムードが台無しになる。こちらは金属製の食器が多いので落としたからといって割れる心配は少ないが、その分、音は派手だ。店の主人も慣れているのか、ちょっと眉をひそめる程度で済ましている。

 接客マナーは昔と比べたら随分良くなったが、この伝統はなかなか無くならないようだ。小生が分析するに、お家芸の「パリパリ精神(早く早く精神)」と「ケンチャナヨ精神」の産物ではないかと思っている。

 レストランでの食事ではこの「食器落とし」の他に「スープこぼし」にも注意を払う必要がある。過日、会社近くの高級ビル地下に有名な中華料理店がオープンしたので、早速、中華料理には目がない馴染みのM社長を誘って出かけたが、席に着くや否や、店のアガシ(ウエートレス)が、持ってきたコップの水を誤ってM社長の高級スーツの上にぶちまけてしまった。

 すっかり気分を害したM社長はその店には二度と行かなかったが、店は貴重な客を失ったわけだ。以前、某取引先との会食の時はもっと大変だった。進めていた大型商談も大詰めとなり、取引先の幹部をSホテルの最高級レストランに招待することになった。絶対落ち度がないように念入りに事前チェックを済ませて会食が始まった。料理も最高級を奮発した。まずスープが配られたが、緊張したアガシの手元が狂ってゲストの一人であるK理事のスーツの袖に1、2滴落としてしまった。

 人格者のK理事は平謝りのアガシをおうように制して事なきを得たが、次の汁物料理をあろうことかメインゲストのP専務の肩に注いでしまった。温厚なP専務も顔を引きつらせて怒りを抑えるのに必死の様子。思わずアガシに向かって叫んだ。「こぼす相手を間違えるな。こちらにこぼせ!」

 当地で廃れない伝統のもう一つが「間違い電話」。週末に朝寝を楽しんでいると枕もとの電話で叩き起こされる。「○△×」といきなりの大声。思わずムッとして「誰に電話かけてんのや?」「○○と違うのか?ガチャーン」と切られる。

 他人のことばかりは言えない。先日、私の老アパートの水道の水漏れが止まらないのでR不動産屋に電話をかけたが様子がおかしい。

 「社長はいませんか?」「貴方は誰ですか?」「水漏れを早く直して欲しいんだけど」「まず貴方の名前を名乗りなさい」忙しい出勤前で頭にきた。「そっちこそ誰だ?」「こちらは警察だが…」。まさか警察と不動産屋の電話番号が似ているとは…。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。