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2006/07/07

<随筆>◇韓国トイレ紀行◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 ぼくは1970年代から韓国に住んでいるので、たずねてくる日本人から「韓国でいちばん変わったことは何ですか?」とよく聞かれる。韓国のことわざに「10年経てば江山も変わる」とあるが、それが30年近くにもなるのだから、変わったことは多い。ぼくがとっさに思いつく変化のベスト(?)スリーは「韓国社会で日本語への拒否感がなくなったこと」「韓国の男がソフトになったこと」「食べ物屋が多様になったこと」といったところだろうか。

 このうち二番目については、逆に「韓国の若い女がワイルドになりマナーがなくなった」ため魅力がなくなった、とつけくわえたいところだが、詳細は別の機会にしたい。

 ところで生活感覚でいえば、この30年間の変化の中では「水と紙の消費量が激増したこと」も挙げられるだろう。これは韓国社会がいかにクリーンになったかを物語る指標でもある。たとえば水についていえば、1970年代に韓国生活を始めた当時、「韓国では水が止まっている!」と感じ入った記憶がある。つまり家ではほとんどが汲み水で、タライやオケにためた水を少しずつ汲んで使っていたからだ。

 もちろん水道はあったが、ジャージャー流しながら用を足すという感じではなかった。あの時、ぼくは「韓国では水が大事にされている!」と逆に感動したのだった。紙だってそうだ。トイレには用足しのために古雑誌が置いてあったし、だから水洗でも紙は流せなかった。詰まるからだ。その名残りが今もあって、ビルの水洗トイレでボックスの中にはゴミ箱がおいてある。流さずそこに捨てろというわけだ。トイレットペーパーを使っているのだから、もうあれはなくてもいいはずなのに。

 韓国では近年、行政当局などが音頭を取ってトイレ改革を進めている。もう十年近くになるかな。たとえばソウル近郊の水原市など先駆的で、その改革ぶりを見て欲しいと外国人記者まで招いて公衆トイレを見せてくれた。もちろん水洗式で、あちこちに鉢植えが置かれ、泰西名画がかかっていて、妙(たえ)なるBGMまで流れていた。そこまでするのか!と思ったが、トイレ観の革命的変化のためには象徴的効果はあった。

 というわけで韓国のトイレ文化は、水洗やトイレットペーパーの普及もこれありで革命的に変化し、実にクリーンかつ快適になった。街でビルのトイレに入れば必ず水洗でぺーパーはついているし。実にありがたい。

 そしてついに公衆トイレに“ウオッシュレット”まで登場したのだ。先日、京釜高速道路の大田付近のさる休憩所でトイレに入り発見した。あれは感激的だった。ソウルの一流ホテルでもまだ普及していないというのに。しばし時間を忘れてその感動にひたった。ぼくは日本に一時帰国した時の最大の楽しみは、自宅のウオッシュレットに座ってあの感触にひたることだったが、それを韓国の公衆トイレで味わえるなんて。

 京釜高速道路では「錦江休憩所」のトイレも感動的だ。まだウオッシュレットではないが、ウッディなインテリアのトイレにガラス張りのベランダがついていて、錦江の清流を一望に見渡せるのだ。あれは爽快のうえにさらに爽快だった。聞くと2008年・北京オリンピックを前に中国の当局者もわざわざ視察にやってきたという。韓国も変わった!


   くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。