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2006/05/19

<随筆>◇自然が帰って来た◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 昨年10月にソウル市内に復元した清流「清渓川」に「魚が帰って来た」との風の噂を確かめるべく、新緑眩い5月最初の日曜日に現場に急いだが、清渓川の起点近くの太平路大通りにヒトが溢れている。丁度、Hi Seoulフェステイバルの目玉行事・大綱引き大会が南北チームに分かれて始まる所で、南チームの選手から「数が足らんから出てくれ」と強引に引っ張り込まれた。

 綱引きは得意ではないが、一ソウル市民として座視できない。綱を握ろうとしてぶったまげた。直径1㍍弱、長さ約80㍍のお化け綱が2本繋がって、広い太平路大通りに長々と横たわっており、大綱の胴体から枝分かれしたムカデの足のような無数の細綱に選手が群がっていた。

 戦いを前に緊張した男衆に混じって、家族連れや若いカップルなど多彩な顔ぶれ。見るからに非力な中年の日本人助っ人も一人加わった。ザッと見たところ1チーム数百人は下らない。李明博市長の合図で熱戦の火蓋が切られた。「ヨンチャ、ヨンチャ」。周りでは超ミニのアガシ応援団が黄色い声で囃し立てる。

 緒戦は助っ人の活躍(?)で南チームが先勝したが、2回戦は大綱に飛び乗って応援した李市長の陣頭指揮が功を奏したのか北チームの雪辱。初夏の太陽も手伝ってみんな汗だらけの奮戦の結果は、2勝2敗で引き分けとなった。南北恨みっこなしでよかったよかった。後で聞けば、今回の綱引きは忠南道機池市に450年前から伝わる重要無形文化財で、1本200㍍、40㌧の大綱を約1万名で引っ張り合うお化け綱引きの小型版だとのこと。
 
 思わぬ戦いに巻き込まれて大汗をかいた後、目的の「清渓川」に突撃した。敵は約5・8㌔の清流のどこかに潜んでいるはずだ。初夏の日差しを受けてキラキラと輝いている清渓川の畔で散策を楽しむ超満員の善男善女を掻き分けながら、水中に目を凝らして足を進めたが、上流には魚はおろか生き物の気配が全くない。
 
 出発して約40分ほど経った頃、遂に中流のボドウル橋の近くで小さな魚影に遭遇した。素早く視界から消え去ったが色合いから見てハヤの稚魚ではないかと一人合点しながら、無性に嬉しくなってきた。「清渓川」に魚が戻ってきたのだ。

 もっと大物は? と歩を進めると、いたいた! 大きな獲物が塊になって浅瀬を水しぶきを上げながら必死に遡って来るではないか。明らかにインゴ(鯉)である。中で何匹かが赤らんで見えるのは産卵間近なのかもしれない。自然が帰ってきたのだ。思わず手を伸ばして抱きしめたい誘惑にかられたが我慢した。

 そう言えば鯉のアライも長く食べていない。さらに下流に進むと、川の真ん中に撤去途中の高架道路の橋脚が3本、無残な姿で残されている。アイゴー、忘れ物だ。でもスケールの大きな忘れ物だな。さすが韓国らしいな(失礼)。早速、当局に届けなきゃ。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。