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2006/01/27

<随筆>◇セコシ(背越し)◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 取引先との新年会で江南のとある日式料理店に行った。店の入り口の大きな水槽には、生まれて間もないようなチビのカレイがびっしりとひしめいていた。他には何もいない。「ちょっと変だな」と思いながらも、オーシップセジュ(五十歳酒)で新年の乾杯を重ねながら美味しい刺身の到来を待っていた。

 冬は魚が旨いが特に寒ブリは脂が乗っていて最高。寒ビラメもいける。オーシップセジュとは最近の健康志向で人気の薬酒「百歳酒」と強い焼酎を半々にミックスして軽くしたもので、純粋の「百歳酒」なら百歳まで生きられる所を、「五十歳酒」なら今後50歳は大丈夫と言われている。誰も信じてはいないが気分は悪くない。

 メインデイッシュの前に珍しいつまみが出てきた。浦項名物の「カメギ」というサンマの一夜干しで、ちょっと匂いが気になるが小生は大好物。当地ではカメギを愛する人の集いと言う意味で「カサモ」という言葉があるほど隠れた人気がある。

 この店ではカメギをニンニクの茎、生ワカメと一緒にノリで包んで食べる。実に旨い。続いてドバーッと出てきたのが先ほど水槽にひしめいていた子ガレイ(ガザミ)の刺身。この刺身は「セコシ」と言って骨ごと料理するもので、語源は日本語の「背越し」から来たらしい。骨付き刺身は以前、釜山でアナゴを経験したが、カルシウム補給にはいいのだろうが小生は骨が気になって箸が進まない。メインデイッシュを待とう。ところがいつまで待っても寒ぶりも寒ビラメも出て来なかった。この店は「セコシ」専門店なのだった。

 止むなく子ガレイのセコシをシコシコ噛み砕きながら、以前、韓国南端の皖島へカレイ釣りに行ったことを想い出していた。取引先数人と泊りがけで行ったのだが、朝早く小船に乗って沖合いで釣り糸を垂れたが、その日は何故か餌の食いが良くない。気の短いS部長は暇を持て余してカンビールをグイグイやってほろ酔い機嫌、当然の生理現象でやおら用を足そうと船の舳先に突っ立って始めたとたん、折からの揺れでバランスを失って「ウワーッ」と悲壮な声を上げながら海にドボーン。「何事?」と海中を見ると、「助けてくれー」日ごろ威張っているS部長が哀れにも手足をバタバタしながら必死にもがいている。小船とはいえ、海中からだと甲板まで結構高くて自力ではなかなか上がれない。結構、波もあるのですぐ助けないと危ないかもしれない。最初は「ケンチャンナヨ」「天罰かも」と軽く見ていた我々も事の深刻さを感じて緊張した。

 ところが一番近くにいた直属の部下のK次長は気のせいか動きが鈍い。日ごろ、二人の関係はあまり良くない。それにS部長がいなくなれば次の部長はK次長に間違いない。まさか?でも杞憂だった。一瞬の迷い(?)の後、K次長は長い手を差し伸べて助け上げた。皆ホッとした。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。