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2007/10/05

<随筆>◇韓国の痴漢◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 一九八八年ソウル・オリンピックの前後、日本では第一次韓国ブームというのがあった。今風にいえば“第一次韓流ブーム”となろうか。旅行、食、音楽、歴史、その他、韓国への関心が高まり、何かにつけて韓国が話題になった。一九七〇年代の金大中拉致事件で、日本では暗黒イメージが続いていた韓国は、これでやっとそのイメージを払拭できた。

 ぼくの個人的体験でいえば、一年間の語学留学と四年半の特派員生活を終えて一時帰国していたころだったが、お陰で韓国や韓国語紹介の著書、テレビ出演、講演などの機会が多く大変、楽しい思いをさせてもらった。今だからいうが当時、勤め先からの給料より外部での収入の方が多いということも、何年か続いた。

 そのころの本で、たとえば「韓国では儒教的な価値観が色濃く残っているから、外でやたら肌を露出してはいけない。とくに田舎などでは女性のショートパンツ姿はまずい」などといったことを書いたことがある。確かにぼく自身もソウル留学時代(七〇年代末)、下宿近くの銭湯に行くのに夏でもちゃんとズボンをはいて出かけたものだ。

 第一次韓国ブームから二十年。韓国も様変わりしてしまった。都会、田舎を問わず今や韓国女性の露出ぶりには、日本人おじさんのぼくがハラハラするほどだ。最近、ソウルの書店で韓国の若い女性のスカート内を“盗撮”していた日本人旅行客が逮捕される事件があり、在ソウル日本人の間で話題になっている。昨年も明洞で似たような日本人の事件があった。どこかいじけたケチくさい事件で、日本人としてはいささか恥ずかしい。

 そんなこともあってさる暮夜、在ソウル・ビジネスマンたちとの席で“痴漢論議”になり、韓国でも近年、地下鉄などで痴漢がよく摘発されるようになったという話が出た。たしかにマスコミにもそうしたニュースがよく出る。そして、その背景については「韓国社会での痴漢の出没は、都市化が進んで世の中が複雑になり、韓国人たちの性意識が日本人と同じくうっ屈し、いじけるようになったせいだろう。それに地下鉄時代になったことも大きいのでは」ということになった。

 こんな話を知り合いの韓国女性にしたところ「いや、バス時代の昔から痴漢(現在、韓国では“ソンチュヘン=性醜行”という言葉を使っているが)はいましたよ。ただ昔は女性が恥ずかしがって声を出さなかっただけよ」と一蹴された。

 なるほど韓国で痴漢が増えたのは民主化のせいなんだ。民主化で女性の発言権が拡がり、ノーといえる女性が増えたというわけだ。ただ、それでも身体接触で親近感を示したがる韓国人は、男女とも体に触れられることに日本人ほどの拒否感はないように思う。親近感かセクハラか、この区別はむつかしいが。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。