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2007/07/06

<随筆>◇「コムチ」と「ッコムチ」の違い◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 先日、不思議なものを食べた。江原道の山に釣りに行った時のことだが、車で東海岸の道路を走っていて、道路沿いの食堂で昼食に出てきた海のモノがそれである。

 渓流釣りに出かけてなぜ海のモノかというと、車でソウルを出発し江原道の山に入るには、まず高速道路で東海岸まで突き切って、その後、海側から山に向かう方がいい場合があるのだ。海岸沿いの道路も走りやすい。

 釣りに行くと、昼食は普通、渓流に座り込んで簡単な携帯食で済ますことが多いが、この日は午前と午後に場所を変えたため、移動途中に食堂で昼食となった。ツアーの一行はリーダーのフィッシング・ショップ李社長以下5人。李ヨンジェ社長が通りがかりの食堂にいいところがあると、一同ウェダー(防水ズボン)など装備をつけてまま店に入った。

 出てきたのが「コムチ・クック」。白いスントゥブ(固まる前のドロドロ豆腐=韓国名物)のような固まりが、熱くて赤いキムチ・スープの中に浮かんでいる。軟らかすぎてハシではつまめない。スプーンで口にいれたが、無味無臭的で味はさだかでない。それにキムチの辛さが強いため”そのモノの味”が確認しにくい。

 しかしフアフアしたソフトな口あたりが食感的に面白い。これが海のモノとは?名前に「コムチ」と「チ」がついているから魚には違いない。確かに豆腐状の白い固まりの中には軟骨らしき骨が入っていた。とするとあのフアフアは魚の身ということか。あんな柔らかい魚の身ははじめてだ。

 では「コムチ」とはいったい何なのか。どんな魚なのか。李社長の説明を聞いても魚の姿が思い浮かばない。韓国にしかいなくて韓国でしか食べない魚かもしれない。えーい、後で家に帰ってから調べてみようと、知的消化不良(?)のまま店を出て再び渓流に向かった。

 家に戻り早速、「コムチ」を探した。ぼくには昔、在韓日本大使館の農水担当官が作成した日韓魚名辞典的な、秘蔵の手作り資料がある。食堂からもらってきた名刺に刷り込まれていたハングルの「コムチ」を引くと「ウツボ」とある。

 エーッ? おかしいな。あれは「ウツボ」じゃないだろう。「ウツボ」は海ヘビに似た鋭い歯の獰猛なやつで、日本ではその干物が名物になっているところがあると以前、NHKの衛星放送で見たことがある。身があんなに柔らかいはずもない。

 頭をひねった末に秘密がわかった。店の名刺には「コムチ」と出ていたが実際は「ッコムチ」だった。この「ッコムチ」は日本では「クサウオ(草魚)」だという。これを『広辞苑』で引くと「全長約四十五㌢、体は柔軟でコンニャク状。北日本の海に多産し肥料にする」とある。ぴったりではないか。日本では食べないというから文字通りの珍味だ。実にいい食の体験となった。韓国はまだまだ面白い。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。